第8話 ウホッホー(今後の方針)

『ボス! 本当にボスか!?』


『よぉ、ノッポ。お前は相変わらずでかいな』


 こいつは昔からデカかった。

 それというのもハイランダーという山に住む背の高い種族の生まれだかららしい。舞踏が得意で、うちのメンバーの中では武器よりも肉弾が得意な実力派。

 長いリーチから繰り出されるパンチは、アシュリーのガードすら抜く。

 そういう意味ではうちの一番槍として大いに活躍してくれたのだ。

 

 本当に、懐かしい。

 朧げだった記憶も、本人の顔を見てより一層固まってきた。


『ははは、本当にボスだ。死んだかと思ったぞ。よかった、本当に』


 らしくない、常に強気な彼女は俺の前でしおらしい姿を見せた。

 アシュリーもそうだったが、異世界の女は俺の匂いを嗅ぎたがる。

 男が貴重と言われるからか、はたまた別の何かか。


 満足いくまで嗅がせてやったら、ブルーオーク狩りの話を始める。

 案の定、眉を顰めたが猫耳が耳打ちしたら突然意見を変えた。


 何か素直にさせる魔法の言葉でもあるんだろうか?

 褐色の肌がより濃くなっている。

 なんだ、俺の匂いを嗅ぐと変な気分になるのか?


 よくわからない、どうも俺の記憶と所々違うところがあるのかもしれない。


 パワーゴリラ盗賊団の幹部が3人揃っての狩猟は快適だった。

 今ならコイン化も容易だろう。

 なぜかノッポが張り切ってオークを瀕死にしている姿が目につく。

 お前そんなに豚肉食べたかったのか?


 俺はコインを用いて料理をしてやる。

 ちびっ子達はブルーオークの血抜きの手際がいい。

 普段食べてるんだろうか?

 今は水で洗って干物にしている。


『ボス、コイン化もしておくか?』


『意外だな、ノッポ。お前が俺の金稼ぎに付き合ってくれるなんて』


『………悪いか?』


『いや、助かる』


 特にこいつのコインに用はなかったが、せっかくの機会だ。

 俺はコイン化をし、なぜかそのコインを欲しがっていたのであげた。


『宝物にする』


『そんなものをありがたがるなんて、この10年で少し変わったか?』


『どこかの誰かのおかげでな』


 にまり、と笑ってノッポはコインを胸元に仕舞い込んだ。

 俺はあえてその場所を凝視をせずに目を逸らす。

 そんなところにしまって無くさないのか?

 なんてのはこの世界では非常識だ。


 この世界には魔法がある。

 そして女はその魔法の使い手だ。

 うちに来るのはその魔法すら満足に使えない、女の名折れみたいな奴ら。


 けど俺はそんな奴らに居場所を与えた。

 俺自体がこの世界の余所者みたいなものだし。

 余所者同士仲良くしようぜって感じだな。


『みんな、いったん飯にしよう。実は今回オークを狩に来たのは特別な料理を食べさせたかったからなんだ』


『え?(精力増強効果が目的ではないんですのん?)』


『猫耳、ボスは最初からそのつもりだったよ』


 アシュリーが俺がカレーを作ることを最初から予見していたような台詞を吐く。

 やっぱスパイスの匂いに気づかれてたか?


『ああ、そういうこと(まさかここにもスパイが? 本当に油断ができない。どこに潜んでいるというんや?)』


『そうだ。バレてしまったか?』


『バレバレですわ』


 猫耳はなんとか納得してくれたようだ。

 俺は料理を続け、異世界にカレーを再現した。


 問題はこっちにご飯がないことくらいか。

 サバイバル生活でパンとかも食べないしなぁ。

 しばらくはこれをスープに肉を浮かべて食べるとしよう。


『ボス! これ何?』


『カレーという食べ物だ。肉を浸して食うと臭みが抜けるぞ?』


 全部カレー味になるという意味では、間違ってない。


『美味しい!』


『これ、毎日食べられる?』


 チビ達はすっかりカレーが気に入ってしまったようだ。

 うちには獣人もいるからな。

 玉ねぎとか入れない方針だ。


『毎日は少し難しいが、向こうに食材を買いに行けば』


『向こうってー?』


『俺の故郷なんだ。往復で一月はかかる。すぐに取りに行くことは難しいな』


 顎をさすりながらそんなことを言うと。


『ボス、チビ達も気に入ってるようだから、定期的に買ってくることはできないか?』


 アシュリーがそんなことを言ってくる。

 正気か?


 いや、今すぐと言うわけではなく、ここでコインを集めていけと暗に言っているのだ。


 コインが金になると知って、今の戦力なら余分に集められるんじゃないかって話だな。

 確かにそれは可能だ。

 だが往復すると言うのはアシュリー達に寂しい思いをさせることになる。

 流石に俺でも一ヶ月での行き来は難しい。

 ダンジョン踏破ぐらいは訳もないが、問題はゲートによる転移の時間差だ。

 ここと向こうじゃ流れる時間が違うので、それくらいは覚悟してもらわなくちゃいけなくなる。


 まさか、それも見越して当てがあるのか?

 念の為聞いてみるか。


『今の俺では難しいがコインの確保次第では可能だな。お前達には厳しい戦いになると思うが平気か?』


『大丈夫! あたし達は強いよ! これでも一級首印なんだから!』


 そこは誇るところなのか?

 お尋ね者って意味じゃないか。


『でも、夜は寂しいからぎゅっとさせてくれる? 戻ってこない間寂しいと思うから子供も欲しいな』


『それぐらいならいくらでも協力するぞ。俺たちはツガイだからな』


『よかった!(これでみんなも安心だね!)』


 異世界に結婚式はない。

 こっちの世界の女は誇りを優先するし、武力こそが栄誉なのだ。

 子供は群れの繁栄のため。

 女ばかりの世界で、子供を授かると言うのはこの上ない誉。


 平民や捨てられた子にとっての憧れみたいなものなのだ。


 とはいえ、問題も少しある。

 俺のタネが彼女達に無事芽吹くかって言う問題だ。

 お互いに同意をして行っても、確率はかなり低いのだ。

 だから、可能性はあくまでも低いと示しておく。


『だが俺の種はここの世界では弱者だ。強く鍛える必要があるぞ?』


『そのためにコインをいっぱい仕込むんだね? 大丈夫、10年も待てたんだもん。ボスが強くなるまで何度だって付き合えるよ!』


『悪いな』


 ええ子や。絶対に俺がこの子を幸せにしてやろうって、そう思った。

 その後カレーがなくなるまで宴を続け、その後コイン集めということになった。


 今までは俺だけ知ってればいい効果を、金にするためにも善人に聞かせる。

 売るにしたって、効果は知っておいて損はないからな!



『本当に、そんなものでいいのか?』


 ノッポ同様猫耳もコインを欲しがったので贈呈する。

 送ったのは『疲労回復』と『性欲増強』。

 ノッポも同じのを欲しがった。


『ほんまにうちらにもコインを預けてくれますの?』


『そのままじゃお前達に効果はない。それに、売るにしたって効果を知っておいて損はないだろう?』


 何やら俺の様子をじっとみてる幹部三人衆。

 代表として口を開いたのは猫耳だ。


『確かにそうですわ、このままでは何の効果もあらしません。ですが加工できる職人を見つけた。そのために売りに行くチームが必要と、そういうことですな?』


 さすが、猫耳は頭がいい。


『その通りだ。俺たちは動けるメンバーが少ない。そして職人は貴族街にいるお嬢様だ。お尋ね者のアシュリーは堂々と街の中を歩けない。俺は多分行方不明者としての案内が回ってるだろう。だからそこでお前達だ』


『行方不明者? ボスは街で何かしましたの?』


『ここにくるのに少し無茶な手段を使った。その時の無茶が、相手のお嬢様を心配させている可能性もある。どうも俺は相手のお嬢様から敬語をつけられるほど懇意にされているらしくてな』


『なるほど(同志メガネからそんなお話は聞いておりません。もしかしてあの女、独り占めしようと画策していましたか? 本当に抜け目のない女。きちんと釘を刺しておかないと)』


 猫耳が納得しながらもうんうん悩み抜いていた。

 何か腑に落ちないことでもあるのだろうか?


『何か問題でもあるか?』


『いいえ、何もあらしません。しかし懸念が何もないわけでもないんです』


『懸念?』


『うちは夜の女。真昼間から貴族街を堂々と歩けるほど清い身分じゃないんです(主に用心暗殺するのにその方が都合が良かったってだけですけど)』


『なるほどな(なんか仕草がえっちだと思ったら、そういう仕事をしていたか)』


『あたいも昼間は剣闘士として貴族に雇われちゃいるが、歩き回る身分は持っちゃいないね(そこでなら貴族を堂々とぶっ殺せると聞いて潜入したが、腰抜けが増えてきた気がするんだよね。もしかしてあたいらが強くなりすぎた? 何につけても今の身分じゃ街を練り歩くことすらできなくて面映いよ)』


『ノッポも無理か』


『あ、あたしはなら素顔を晒してないから大丈夫だと思う』


『え?』


 ここで一番予想外の返事が来た。


『お前素顔晒してないの?』


『うん、旅立つ前にボスがこれを渡してくれたんだよ、覚えてない?』


 それは木の盾に威圧するような顔を特殊な絵の具で書き殴ったような面があった。

 特定されないために、角ばったり、丸かったりして。

 一度使ったものは焼却処分している徹底ぶり。


『でも体格や掛け声でバレないか?』


『それは共通語を使った場合だよね? あたし達はボスの教えてくれたウホ語だもん。そのおかげでここまで特定されずに来てるんだよ!』


 そんなの教えたっけなぁ?

 まぁ何はともあれ街には行けるようになったってことで何よりだ。


『当面はそれで動くが、いきなり貴族街には入れないだろう。まずは地道に信頼を築いて、裏ではお前達に動いてもらう。それでいいか?』


『うちらにできることであるならば』


『何でも頼んでくれて構わないよ』


 さすがは俺が鍛えた幹部だ。

 信頼が高すぎる。


 俺は彼女達にモンスターの生息域と、その素材が周囲でどれくらいの値段で取引されているかの調査をさせた。

 俺が主体で動けばコインにしかならないが、盗賊団の連中は強い。

 コイン以外でも金を入手できるのならそれをするのに越したことはない。


『俺は商人として動く。コインほどの稼ぎは期待できないが、人脈は広げられるだろうからな。その売り捌く商品をお前達に選定してもらいたい』


『了解しました。その代わり、いい仕事をしたものにはご褒美が欲しいですわ』


『何でも言ってくれ。俺にできることでよければだがな』


『うち、ずっと独り身でしたやろ? そろそろややこが欲しいんですわ。高いう話、できるのはボスしかいなくて』


 ギョッとする。

 ツガイとなったアシュリーには全面的に協力するつもりだったが、かつての仲間にまで手をかけるのは少し違うんじゃないだろうか?


『アシュリー、お前からも何か言ってくれ』


『猫耳、順番だ。一番はあたし。その次ならいいぞ?』


『言質とりましたえ?』


 おおおおおおい!

 いいのか? 俺が不貞を働いても?

 本当にいいのか?


『ボス、ボスはみんなのボスなんだから。群れのボスとして責任はちゃんと取らなきゃダメだよ? 待ってたのはあたしだけじゃないんだから、ね?』


『ぐぅうう』


 それを言われたら弱い。

 仕方なく、アシュリーに言われて飲み込んだ。


 この女が多すぎる世界において、頼れる男は貴重なのだ。

 特に表社会から排斥された彼女達にとって、子を成す機会など一緒に一度あるかないか。


 俺はたっぷり時間をかけて頷いた。

 一度に全員相手はできない。

 愛する時は全力で向かい合うので、全員で襲ってくるのはやめて欲しいと釘を刺したら、満面の笑みで頷かれた。


 その言葉を聞きたかった、と。

 これで本当に良かったのか?


 俺はただ、異世界でハーレムを築きたかった。

 その夢は叶ったんだが、どうにも騙されてるような気がしてならない。

 俺はもっと実力を認めて、過程を踏んで惚れられたかったんだが……まぁ構ってたちびっこが魅力的に成長してくれたことを今は喜ぼうじゃないか。


 でも一応年齢ぐらいは聞いておこうか。

 婦女暴行だったら洒落にならないからな。


 こっちじゃ捕まえられるのは女子の方かもしれないが、現代社会に買い出しに行く時に捕まるのは俺なのだ。

 そこはきっちりしておきたい。

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