第6話 ウホッホ(肉の宴)

『今帰ったぞ!』


「ウホッ」


「ウホホッ」


 アシュリー達の帰還を仲間だろう少女たちは歓迎してくれた。

 俺はコインケースにサンダーライガーのコインを収める。

 今これは必要ないからな。


 今の俺には、

 ★ハードバイソンのコイン『筋肉増強』

 ★アークファントムのコイン『状態異常無効』

 ★キラーアリゲーター『胃腸頑強』

 の三つのコインが付与されている。


 これら三つは異世界御用達のコインだ。

 俺はコインを付け替えて様々な耐性を持って異世界を歩いている。

 これがないだけで途端に息だ折れる可能性が上がるからな。

 道中で雑魚相手に『コインポゼッションモンスターコイン化』を使わなかったのは、単にコイン効果を知ってたからだ。


 お嬢様に売却したコインは、

 ★レッドドラゴンのコイン『灼熱ブレス/耐熱』

 ★ブリザードファルコンのコイン『氷結ブレス/耐寒』

 ★ポイズンファンガスのコイン『猛毒の花粉/猛毒耐性』

 ★シャドウファントムのコイン『影移動』

 などである。


 他にも『胃腸回復』や『二日酔い無効』などのどうでもいいコインばかり。よく売れたな、と思いつつ『真贋』も大して見抜けないのか? などと思うことにする。


 何はともあれ、稼ぐ手段は得たわけだ。

 テッサとはあんな別れ方をした手前、次も会ってくれるかは怪しいが、まぁなんとかなるだろう。

 表向き攫われたことになってるし、うまく逃げ仰たことにしておこう。


『ボス、どうかしたか?』


『いや、なんでもない。ここの連中は今の時間は仕事か?』


『うん。もうそろそろ上がってくる頃。それまでお風呂入ったり、宴の準備をしたり』


『宴?』


『ボスのおかえり祝い。他の子にも連絡したら仕事放って来るって』


『仕事はしなさい!』


『えー、みんなボスに会いたがってるよー?』


『まぁ、あんな別れからしたからな』


 今から10年前。

 俺はアシュリーたちと共に貴族相手に大立ち回りをしていた。

 パワーゴリラ盗賊団の成り立ちは、一人の貴族のやり口に腹を立てた俺が、引導を渡したのが始まり。


 一緒に行動していたがためにアシュリーたちを巻き込んでしまった。

 それだけが心残りだった。

 貴族のしつこさは苛烈を極めた。平民を忌み嫌うからか、領民を盾に俺を呼び出し、公開処刑を行なった。

 俺はアシュリーたちは関係ないとして一人で赴き、影に塗れて這う這うの体で生き延びた。


 その後アシュリーたちの前に姿を現さなかったのは、これ以上巻き込まさないためだった。

 俺さえいなくなれば、あの子達は今まで通り暮らせるから。

 全ての罪を背負って、元の世界に戻ったんだ。


『そうだよ、生きてるって同志耳長から聞いて居てもたってもいられなかったんだぞ?』


『悪かったって』


 同志耳長か。何もかも懐かしい。

 アシュリーを拾って、それから行動を共にした種族の異なる女の子たち。

 この世界で『廃棄品』として扱われた子供達。

 彼女たちに、俺は一人前の戦士としての教育を施したのだ。


 それがいつの間にかこんな大所帯になっていた。


『頑張ったんだな?』


『うん、みんなボスを失って心の支えを求めてた。この集まりだけを支えにしてたんだ』


『パワーゴリラ盗賊団をか?』


『うん、ボスは何も間違ってなかった! この世界の腐敗した貴族を断罪する存在は必要だよ。あの時はまだあたしたちは全然弱くて』


『だから力を求めた?』


『そうだ! あの時に比べて体も強くなった!』


 肉つきは良くなったが、10年前と体格は全然変わってないんだよなぁ。本人にそれをいうのは流石に失礼なので黙っておく。


『俺も手伝おう』


『ボスはお客さんだから。見てて、あたしたち、あれからどれだけ成長してるか。それを判断してもらいたいんだ』


 それを言われたら引き下がるしかない。

 実際に厨房と思われる施設からはうまそうな匂いが漂ってくる。

 こんな調味料も満足に揃ってない場所でなぁ。

 何はともあれ楽しみだ。


 団員が入れ替わるように俺の前を過ぎ去っていく。

 さあ気引率したちびっ子たちがやってきて、ぎゅっと抱きついてきた。

 見た目の可愛さに騙されてはいけない。


 こう見えて腕力自慢でハードバイソンのコインがなかったらもみくちゃにされてる。恐るべきは異世界格差ということだ。


『ボスー』


『さっきのビリビリやってー』


『やってー』


 俺はコインを付け替えてビリビリさせてやった。

 よもやそこまで欲しがられるとは思わなんだ。

 ただのマッサージぐらいにしか使えないと思っていたんだが。

 まさかちびっ子たちのコミュニケーションツールになるとは。

 世の中何がどう転ぶかわからないものだ。


『わー、ピリピリー』


『気持ちいー』


『尻尾、ぴーんてなる!』


『あはは、おもしろーい』


 などとちびっこは無邪気に俺の腕の中でくつろいだ。

 色々と見えてはいけない場所が見えてしまっているが、こっちの女の子たちはだからなんだと言わんばかりで気にも留めない。


 現代で男が上半身裸でも気にしないのと同じか。

 いや、同じにしてはいけないだろう。

 そんなのを気にするのが俺だけであろうとな。


『ふふふ、うちの同郷たちが世話になっておりますな』


『猫耳か?』


『お久しぶりです、ボス。同志猫耳、ただいま現着いたしました』


 10年ぶりに見た猫耳少女はなんとも妖艶になっていた。

 体の起伏のほとんどが体毛に覆われているが、アシュリーとは比べるのが失礼なほどの出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるライン。

 ケモナーだったら魂を奪われるほどの美貌も併せ持っていた。

 そういう装束なのか口元をベールで覆い隠している。

 踊り子的な衣装が随分と様になっている。


『猫耳、ボスはあたしの番になってくれるって言ってくれたから』


『まぁまぁそれは喜ばしいことですな。では2番目はうちがいただいてもよろしおますか?』


『お前たちに順番をつけるつもりはないぞ?』


『それはつまり?』


『そういうことだ!』


 どういうことだ?

 猫耳の質問にアシュリーが代わりに答えて胸を張った。


 俺としては当時の仲間を差別するつもりはないと言いたかったんだが。

 もしかしてこれは答えを間違えてしまったか?

 猫耳の視線は妙に色気を含ませている。


『そう言えばうちの同郷にさっきやっていた力ですけど』


『お前も体験するか?』


『お願いできますか?』


 はんなりとした仕草で、俺の横に座る。

 なんというか、姿勢の全てに隙がない。

 そんな彼女の腰にそっと手を回し。

 ビリッとやった。


『!……♡……♡……〜♡』


 おい、なんか言え。

 体をビクビク振るわせて、なんか興奮してないか?

 猫耳は口元を両手で塞いで耳元まで真っ赤にしている。

 無理すんなよ?


 アシュリーはなぜか体を震わせて順番待ちをしているし。

 お前もお前でマイペースだよな。


『ボス、次はあたしだ』


『こんなので競い合うなよな』


 ビリッ

 アシュリーは俺の顔を見せないように背中を丸めてビクビクした。

 耳まで赤い。

 ちょっと電流を強くしすぎたかと焦っちゃったじゃないか。

 おい、黙りこくるなよ。


『どうだ、ボスはすごいだろ?』


『天国が見えました。これを毎晩?』


『毎晩どころか望めば何回でもくれるぞ。なぁ、ボス?』


『お前らいい加減俺の目を見て話せ。さっきからなんの話をしてるんだ?』


『なんでもありません。これは練習していたアイテムなんて使わなくたって』


『ボスはあたしの匂いつけにも耐えたからな』


『なんと、おちびはんの無尽蔵の体力ですら振り切ったと言いますか?』


『ピンピンしてたぞ。あっちの方も♡』


 なんの話だというのか。

 ちびっ子たちは成長しても内緒話が得意みたいだな。


『ほら、内緒話してないで、宴の支度が整ったぞ。アシュリー、お前が音頭取らなくていいのか?』


『あ、そうだった。じゃあね、ボス! またしてね?』


『何度でもしてやるから、己の責務を果たしてこい』


『うん!』


 シッシッと追い払えば、なぜか元気一杯で舞台袖まで走って行った。


『あの子、元気になったでしょう?』


『ああ、見違えた』


 昔のアシュリーはひどく泣き虫だったからな。

 俺の相棒とはいえ、長く付き合いがあるだけで優秀とは言えなかった。

 だからずっと気にはなっていた。


 俺がいなくて生きていけるか。

 たまに顔を見に行こうか。

 俺にそんな余裕がなかったのもあって、会いにいけずにいたんだよな。


『ボスがいなくなって、最初に立ち上がったのはあのチビ助なんですよ』


『そうなのか?』


 それは意外だ。


『のっぽやメガネは?』


『最後まで塞ぎ込んでいました。ボスがいないこの集まりに意味はないと』


『それを、アシュリーが立て直したのか』


『自分がここで落ち込んだままなら、天国のボスに笑われるから。だから悔いのないように生活するんだって。そう言われてうちらも立ち上がったんです』


『そうなのか』


 猫耳が俺の体にしなだれかかった。


『わかります? うちの体もいまだに震えているんです』


 さっきの雷の震えか?

 そんな茶化しを吹き飛ばすほどのトラウマを負った。


 今ここにいる俺が幻で、目を開けたらいなくなっているかもしれない。

 そんな苦しい日を何日も何年も過ごしてきた。

 だから俺の温もりから離れられずにいるのだと吐露する。


 それを見せつけられたアシュリーがもう反対側に陣取って肉の宴が始まった。

 俺はその日、アシュリーたちの頑張りの結果を見せつけられることになった。

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