第10話 聖女様、いじめられる
「あ、あの、少年……わたしを……わたしを……わたしを、いじめてほしいのですがっっ……!!」
「…………………………………………えっ?」
現実というのはいつだって、ぼくらちっぽけな人間の想像力を遥か超える、驚きに満ちたものである。
深夜、召使長に呼び出されて向かった聖女様の部屋。
いったいどんな話をされるのか、どんなことをされてしまうのか、ドキドキしなかったと言ったら嘘になる。
だが――
だがしかし。
まさか、
どうなっている?
いったい何が起きている?
聖女モモは、この短時間で、まるで別人のように見違えた面構えをしている。
それは――自らの理を見出したもの特有の強い瞳。
ぼくのような一般人では及びもつかないほどの、圧倒的強者の風格。
この聖女は、至ったのだ。
どこか、途方もない地点にまで、この短い時間の間に至ってしまったのだ。
そのことは、どうしようもなく、霊感の如き直感で一瞬にして理解できた。
理解できてしまった。
だが、どうすればいい?
いったい
分からない……
まさに五里霧中。
未知の洞窟を霧の中歩かなければいけないような困難な状況に、どうしようもなくぼくの足はすくむ。
だが、その時ぼくに、天啓が走った。
これは、チャンスだ。
ぼくは、この少女に、どうしようもなく粘度の高い、ドロドロの激重感情を抱いてほしいと思っていた。
であるならば――
この少女が、自ら聞いてもいないのに曝け出してきた、少女固有の
それを利用しない手はないだろう――
ぼくは、自信に満ちた謎めいたミステリアスさを演出しながら、聖女モモへと一歩一歩近づいていく。
そして、ベッド脇に座る聖女様のあごを左手でつまむようにしながら、勇気を持ってこう言った。
「ぼくにいじめられたいってことは……ぼくになにをされてもいいってことですよね?」
さらにもう一歩詰め寄り、聖女様の瞳のすぐ目の前に、ぼくの瞳が存在するような、超至近距離の体勢を作る。
「聖女様は、召使であるぼくの、なにになりたいんですか……?」
ゼロ距離で発されたぼくの言葉は、聖女様の全身をビクンビクンと震えさせた――
(ひ、ひぃぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ひゅおおおおおおおおおおおおおおおおお! しゅ、しゅごいいいいいいいいいいいい! 完璧だ! この美少年は、聖女モモ・セイントを攻略するという一点において、あまりにも完璧過ぎる立ち回りをしている! なにになりたいか――? そんなもの、決まっている。あまりにも一択。この質問に対する答えは、このモモ・セイントの偉大なる辞書に、一語しか記述されていない……! ただその答えを口にするのみ……!)
「どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ………・…!」
(い、言えない……だと!? まさか、そんなことが、あるのか? このモモ・セイントですら立ち入ることが出来ない禁断の領域。そこに張り巡らされた結界、最後の理性という名の結界が、わたしの自由を阻害する……! だって、考えてもみろ! もしここで、この二人っきりの状況で、わたしが、ど、ど、ど、奴隷になりたいなどと言ってみろ! この少年が、わたしに幻滅して、どうしようもないがっかりした顔で、はぁっと溜息をつく図は容易に想像がつく! そうなれば、終わりだ! もはやわたしの人生そのものの終わり……! 奈落へと真っ逆さま! 地獄行きの特急魔導列車に乗るようなものだ! だが……だからこそ、魅力的……! その悪魔のような誘惑が、わたしのことをまだかまだかと手ぐすねを引いて待っているのが分かる! 分かってしまう! どうすればいい……? こんな困難な状況への対処法は、聖典にだって載っていない! わたしは、どうすればいい……!?)
ぼくは、そんな聖女様の心の中の混乱、迷い、恐れ、そうしたものを、吹き飛ばすような衝撃を与えたいと思った。
その言葉は、川が高いところから低いところへと流れ落ちるように、自然のままにぼくの口から繰り出された。
「――ぼくは、聖女様のしたいこと、なんでもしてあげたいと、そう思ってるんですよ……? ぼくを信じてください……」
ゼロ距離で耳元に囁くように流し込んだその言葉は、破壊的な威力を持って、聖女さまの大切ななにかを壊してしまった。
(死んだぁああああああああああああああああああ! わたし、死んだ! 殺されちゃった! この美少年に! やられた! 完膚なきまでにやられた! 無理だったんだ! 最初から無理だって分かってた! わたしみたいな処女が、この天使のような、悪魔のような、意味のわからない美少年に、勝てるわけ無いって! 分かってるに決まってた! わたしみたいな雑魚女は、最後には跪くことしかできないって、最初から分かってたんだからあああああああああああ! うおおおおおおおお! ぐおおおおおおおおおお! ぎゅいいいいいいいいいいいいいいん! だって、言ったよね!? なんでもって、言ったよね!? なんで、美少年がなんでもしてあげるって言うと、わたしが死ぬんだ? 逆では? これはなにかが間違っているのでは? ……はっ! わたしはまたしても真理に気づいてしまったかもしれないっ……! 自分の大切なものを、あえて手放すこと! それが、時に、大切なものにしがみつくより、ずっとずっと強力なパワーを発揮する場合というのがあるんだっ! す、すごい! 聖女に至ってなお気づけなかったこの世の奇跡! それは、大切なものを手放すことにあったんだぁあああああああ! ということは! わたしもまた、手放さなければいけないっ! わたしの思考、わたしの理性、わたしの防御、わたしの逃げ……! そうしたわたしがしがみついていたものたちを、手放さなければいけないっ……!)
「こわして……」
「うん?」
「わたしを、めちゃめちゃに、こわしてください……!!!」
ぼくの返答は、もう決まっていた。
「いいですよ……? めちゃめちゃにしてあげますね」
ぼくは、にこりと微笑んで、まるでなにかに操られているように、聖女様の耳元に唇を動かすと……
ぺろりと、その耳を舐めた。
「ひゅいおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
(つ、強すぎる! 最初の一手にして、すでにチェックメイト……! もう詰んでいる! 詰み過ぎている! どうすることもできない! わたしの女性にしか無い部分が、泣いている……! 涙を流して喜んでいる……! だが、もどかしい……! 刺激を受ければ受けるほど、我慢することを強いられるのがもどかしい! わたしは、この少年に触れてほしい……! もっともっと、触れてほしい! もっと、とんでもないところを、ぺろぺろと舐めてほしい……!)
「聖女様の考えてること、わかりますよ」
「ひゅいえ……?」
「もっと、下の方を触ってほしいんですよね?」
「ひゅ、ひゅいっ……!?」
(なぜ……! なぜバレているぅうううううううううううううう! そんなにわたしがはしたない女に見えるかぁああああああ!? 股間をもじもじとさせていたのが悪かっただろうか!? こっそり手を股の間に挟んで当てていたのが悪かったんだろうか!? ……いやいや! 冷静に悪すぎる! それはバレる! わたしのどうしようもない欲求を少年が見透かしたとしても、なんら不思議はない! ゆえに詰んでいる! わたしは、もう、詰んでいるぅううううううううううううう……!)
「……今日はここまでにしておきましょうか」
「……へ?」
その瞬間、聖女様の瞳から、光が消えた。
「勘違いしないでくださいね……?」
ぼくは、ゆっくりと、聖女様に世界の法則を説くように語りかける。
「聖女様は、このどうしようもない状態で、これから一晩を、なにもせず、ただ悶々と過ごすんです」
気づけばぼくは、なんだか気分が乗ってきて、ノリノリで聖女様をいじめていた――
「――そうすれば、望み通り、聖女様は壊れちゃいますよね? ああ、でも一人で放置すると、勝手にいけないことをしちゃうかもしれないから……」
そう言って、ぼくは聖女様をベッドに押し倒して、その横に横向きに寝転んだ。
「ぼくがここで、一晩、監視していてあげますね……?」
ぼくはその日、なにか神がかったものが憑いていたかもしれない。
果たして、その、ひたすら悶々とし続ける一晩を終えた聖女様は……
翌朝、生まれ変わったように、目をギンギンにして、こう呟いた……
「いっそ、殺して……」
そして、気絶するように意識を失った聖女様を見て、ぼくは思った。
――やりすぎた?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます