第11話 聖女様、生まれ変わる

 わたしの名前はモモ・セイント。この国で一番偉大な聖女様。女も男も、すべてがわたしに傅く。


 だが――


 いま、わたしは、自分がいかにちっぽけで、弱くて、どうしようもない存在なのかを、身を持ってまざまざと思い知らされていた。


 その地獄の始まりは、一人の美少年のこんな宣言だった。


「ぼくがここで、一晩、監視していてあげますね……?」


 その言葉を聴いた時、わたしは人生で初めて味わう、得も知れぬ多幸感を味わった。


 ああ……


 この少年は、分かっている……


 わたしのすべて、わたしが求めるもの、わたしがおかしくなってしまうことを、すべて、すべて、分かっている――


 ――ヤりたい。


 その素直な気持ちは、春を告げる先触れのそよ風のように、わたしの魂から流れ始めた。


 一度流れ始めたその思いは、もうあっという間に濁流のように止まらなくなった。


 ――ヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたいヤりたい……!


 せめて、わたしの右手か左手を、はしたなく股に当てることができれば、この燃えるような衝動に一滴の慰めを与えることができたかもしれない。それですら、燃える炎を消そうとして油を垂らすかのような、まったく意味をなさない愚行であることに間違いはないのだが……


 だが、今、わたしにはそれすら許されていなかった。


 その幻のような慰めすら、いまのわたしには遠いところにある理想の幻想郷の様に思える。


 なぜって――


 いま、わたしの右手と左手は、少年の右手と左手とがっちゃんこされているのだから――


「こうやって手を繋いでおけば、勝手にいけないことをすることもなくて、聖女様も安心ですよねっ?」


 鬼っ……!


 あまりにも、鬼っ……!


 この少年は、悪魔の生まれ変わりかなにかなのか……っ?


 こうまでする必要、あるかっ……!?


 こんなことしなくても、わたしの心はとうに少年の魅力に囚われきっているというのに――


 ああ……


 さっきからずっと、すごく、いい匂いがする――


 美少年の、得も知れぬ、かぐわしい香り……


 わたしを興奮させて、発情させて、おかしくさせる、催淫効果をこれ以上ないほどたっぷりと込められた、淫魔のような香り……


 ……耐えられない。


 もう我慢できない。


 もうなりふり構わず、わたしの両手をいけないところに運んでしまって、ずっとこれだけはしてはいけないと思っていた、神様がわたしに禁じた禁断の行為を、少年がいようとなんだろうとしてしまいたい――


「……ダメ、ですよ?」


 わたしの手の動き、本能的に股間に向かおうとする手の動きを、敏感に察知したのだろう。


 少年は、わたしの手を男らしい力強さでぐっと引いて、あっさりと封じてしまう。


「聖女様……いま、なにをしようとしたんですか? あなたはこの国の偉大な聖女様ですよね? 聖女様がしようとしたのは、なにがあろうと、絶対にしてはいけない、禁じられた罪ですよね?」


「はひぃ……ひぃ……こひゅぅ……こひゅぅ……」


 わたしは、もはや興奮しすぎて正常に言語を発することができなくなっていた。


 あまりにも、理想通り。


 この少年は、わたしが思い描いた理想の中の理想を、さらに大きく斜め上に飛び越えて鮮やかに致命傷を入れてくる。


 だって、考えてもみろ……?


 昨日まで、男とろくに会話をしたこともなかった処女が、初めて美少年と出会って、一日中散々我慢を重ねた末に、同じベッドの中で一緒に寝ているのだぞ……!?


 その最中に、こんな言葉責めを……こんな、あまりにもエッチすぎる言葉責めを、容赦なく連打されているのだぞ……!?

 しかも、お手々は恋人繋ぎしていて、美少年のエッチすぎる匂いを、嗅がされ続けているのだぞ……!?


 ――無理だ……


 もう無理だ。


 だれか、助けてください。


 だれか、助けて……!


「も、もう……もう無理でしゅ……」


 だから、わたしは縋り付いてしまった。


「もう無理なんです……こんなの、耐えられるわけがないんです……」


 目の前にいるのが、天使なのか悪魔なのか、それすらも確かめず、ただ縋り付いてしまった……


「わたしみたいな処女が、こんなの我慢できるわけなかったんです……わたしが馬鹿でした……」


 泣きついてしまう。


 一番泣きついてはいけない存在に、、泣きついてしまう。


「助けてください……」


 知らず、わたしの両目には、涙が浮かんでいた。


「お願いだから、助けて……助けてくだしゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ……!!!!」


 少年の胸に、顔を押し当てて、号泣してしまう……!


 少年は、そんなわたしを包み込むように腕を回し、ぎゅっと包容してくれた。


 ああ……


 暖かい……


 初めて味わう美少年の胸の中は、暖かかった……


 ここが、天国か……


 ああ、もう、死んでも良い……


 わたしは今、人生の絶頂にある……


 ――だから、気づかなかった。


「聖女様。違いますよね?」


「……へ?」


「さっき、聖女様がぼくにお願いしたのは、助けてほしい、じゃなくて……」


 少年の太ももが、わたしの太ももと太ももの間に割って入る。


「こわしてほしい、でしたよね?」


 見上げた少年の顔は、そう言いながら――


 ――可憐に微笑んでいた。


 それはまるで天使のような微笑みで――


「まだ朝までは何時間もありますから……」


 ゆえに、わたしは、この少年の本質を確信した。


「ゆっくり、じっくり、一層一層……」


 この少年は――


 この少年の本質は――


「丁寧に皮を剥がすように……」


 ――もはや悪魔ですらない……


「聖女様の魂が丸裸になるまで、こわしてあげますね?」


 一柱の、邪神であった――





 あれからどれだけの時間が流れただろう。


「こひゅー……ひぃはぁ……ひゃいぁあ……ひぃあぁ……」


 わたしは、人間の地獄には果てがない、という言葉の意味を、これ以上無いほど鮮やかに、実物提示教育されていた。


 少年の腕は、時々思い出したように、ゆっくりと、あちこちを動き回る。


 わたしのほっぺたに手のひらを触れさせたり、耳元をくすぐったり、ときに、胸元をかすったり――


 それでいて、少年の太ももは、わたしの太ももの間で、微動だにしなかった。


 絶妙に、わたしの一番敏感なところには触れない、かすかな距離を空けて存在する太もも……


 その太ももは、わたしの敏感な所にとって、砂漠に現れたオアシスの蜃気楼のように、ゆらめき存在する理想郷であった――


 その理想郷への渇望のあまり、わたしの腰は情けない動きで、へこっ、へこっと太ももに接触しようとする。


 だが、少年は無慈悲にも太ももを絶妙な距離に調整していて、決してそこには触れないようにするのだった。


「ああ……あああ……あああああああああああああああああああああああああっ……!」


 わたしは、いよいよ本格的におかしくなってきてしまった。


 ヤりたいなんてものじゃない。


 いや、もはやヤれなくてもいい。


 いいから、わたしを、楽にしてほしい……


「聖女様。聖女様にとって、ぼくは、どんな存在ですか?」


 少年は、わたしの様子など気にせず、まるでお気に入りの玩具に話しかけるような口調で、そんなことを聞いてくる。


 わたしははじめ、その質問に答えることができなかった。


 だって、わからないのだ。


 目の前の少年のことが、まるで、なんにも、わからない――


「おねがいしましゅ……わたしが悪かったでしゅ……もうこわさないでくだしゃい……もう、わたしはボロボロでしゅ……これ以上無いほど、ボロボロでしゅ……これ、死んじゃいましゅ……だから、慈悲を……ご慈悲をくだしゃい……!」


 わたしはボロボロと涙を流しながら、少年に縋り付いた。


 何度やっても、ダメだと、まるで学習しない、愚かな脳みそ。


 こんなのが聖女の振る舞いであって、いいはずはないのに……


 案の定、少年は、笑って、こういった。


「いやだなぁ。聖女様がこわしてくださいって言ったんじゃないですか」


 ――絶望。


 あまりにも絶望的。


 少年はまるで、絶対の神が裁く様に、無慈悲にわたしの魂の皮を剥いでいった。


 一枚剥がれるたびに、わたしの魂は悲鳴を上げた。


 つらい……


 くるしい……


 ヤりたい……


 ヤらせて……


 お願いだから……


「聖女様にとって、ぼくは、どんな存在ですか?」


 少年の質問が、再び繰り返されて――


 わたしは、ついに、最後の一線を超えてしまった――


「かみしゃま……」


「うん?」


「あなたは、わたしの、かみしゃまです……」


 ああ――


 最初から、それしか答えは無かったんだ――


「わたしのみにくさを、おろかさを、いんらんさを、ばっしてくださる、かみしゃま……」


 わたしは、溢れんばかりに今わたしの胸を満たしている、信仰心を告白した。


「わたしのばかなところを、そのかみしゃまのけんで、いっとうりょうだんしてくれる……わたしのばかなところがなくなるまで、ずっとずっと、じごくのかまでぐつぐつとにてくれる……」


 わたしにとって、そんなことをしてくれる存在は、もう一つしかなかった……


「わたしがきれいでじゅんすいなたましいになるまで、いつまでもいつまでもくるしいくるしいばつをけんめいにあたえてくれる、じひぶかいかみしゃま……」


 だから、わたしは、これまでなぜか聞かずにいた、その質問を、ついにした。


「かみしゃま……あなたのなまえはなんですか?」


 かみしゃまは、ゆっくりと微笑んで、こういった。


「ぼくの名前は……タカフミですよ」


「……ああ――」


 タカフミしゃま……


「タカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃま……」


「タカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃまタカフミしゃま……!」


 わたしは、壊れてしまったかのように、少年の名前、いや、神様の名前を叫び続ける。


 いいや、わたしはすでに、確かに壊れてしまっていた。


 壊れて、生まれ変わっていた。


 だが、それすら、その永い夜の前では、一瞬の煌めき、儚い感動でしかなく……


 永劫の地獄、永劫の我慢を経て、結局、わたしはただ純粋なる性欲となり、ただ純粋なる恋心となり、それ以外のものはすべて焼き付くされてしまった。


「いっそ、殺して……」


 朝の光の中、意識を手放したわたしの表情には――


 きっと幸せそうな笑みが浮かんでいたに違いない――

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