第9話 聖女様、自らの理を知る

 わたしの名前はモモ・セイント。この国の聖女である。


 いま、わたしはあることについて思索していた。


 それは、わたしの中に突如として生まれた、ある衝動。


 まだ名前をつけることすらできていない、ある度し難い衝動についてだった。


 この衝動が生まれた背景には複数の原因があると考えられる。


 まず、美少年と出会ってから今に至るまでに、わたしが経験してきた数々の限界状況だ。


 手のひらにキスされ、かわいいですねと言われ、うでをぴったんこされ、ほっぺをぴったんこされ、手を繋がれ、お風呂タイムを逃し、ぼくとお風呂に入りたかったんですかと言われ、お姫様抱っこされた。


 その一つ一つが、あまりにも効果的な致命傷。


 わたしの恋心と性欲は燃え上がる一方であり、それを抑え続けながら美少年の猛攻に耐え続ける限界状況は、私の心を不可逆に捻じ曲げてしまった。


 ヤりたい、我慢しなきゃ、ヤりたい、我慢しなぎゃ、ヤりたい、我慢しなきゃ……


 その無限の地獄とでもいうべき無慈悲な繰り返しの責め苦は、わたしの中に、ある未知の可能性の萌芽を生み出していた。


 その萌芽は、やがて誰も見たことがない花を咲かせる大樹のように、華麗に結実した。


 わたしが、美少年のお姫様抱っこからあっけなく堕とされた、あの瞬間に――


 最初に感じたのは、浮遊感だった。


 重力に身を任せて、宙を落下するときの得も知れぬ気持ちよさ。


 次に感じたのは、衝撃だった。


 自分の体が、ふかふかのカーペットに落下したときの、ぼふっとした感触。


 そして、わたしは気づいてしまった。


 いまわたしは、人生で初めて、男の子からひどい扱いを受けた。


 そのことが――


 そのことが、気持ちいい――


 わたしにとって、その気持ちよさはまったく未知の刺激、未知の感覚を伴っていた。


 まるで自分の脳がダメージを受けるような、そのダメージそのものが快楽の神経につながっているような、そんな不思議な感覚。


 なんだ……?


 これは、なんだ……?


 こんな快楽が、世界に存在していていいのか……?


 その快楽について思索し、その快楽に集中していると、次第に不思議と腑に落ちてくるものがあった。


 思えば、あの美少年に出会ってから今に至るまで、わたしが刺激に翻弄され、性欲を我慢し続けた、その経験もまた、この今の快楽に通じるものがあるような気がした。


 いや、まさに快楽そのものなのかもしれない――


 わたしは、あの少年に翻弄され、あの少年に性欲を我慢させられ、あの少年にみじめに扱われることを――愉しんでいる?


 その気付きは、雷鳴のようにわたしの理性に強烈な衝撃を与えた。


 このわたしが――


 このモモ・セイントが――


 この国最高の権威にして象徴、聖女であるところのこのわたしが、孤児の少年にみじめに扱われることを、愉しんでいる――?


 それは、甘美な、あまりにも甘美な愉悦を伴う気づきだった。


 わたしが聖女であることすら、この快楽をより強く、より激しく感じるためのスパイスでしかない、それだけのためのものでしかなかったのではないかというほどの、圧倒的な愉悦。


 その愉悦は、快楽をともなって、わたしの意識を遥か天上へと、いや、はるか地の底へと運んでいった。


 わたしがみじめな存在である、わたしがあの少年に翻弄されている、わたしが性欲を我慢している――


 そう考えるだけで、わたしの女性にしかない部分が、ドクドクと快楽を分泌しているような感覚。


 ああ、そうだったんだ――


 やがて、必然のように、その気付きは舞い降りた。


 ――わたしは、あの少年に、いじめられるのが気持ちいいんだ……


 わたしの知性は、鮮やかにその結論を導き出した。


 となれば、どうする……?


 わたしは聖女モモ・セイント。


 一方、あの少年はわたしが拾ったわたしだけの召使。


 わたしの言う事はなんでも聞かないといけない関係である。


 であるならば――


 であるならば、別に、我慢する必要はないんじゃないか――?


 わたしは、あの少年を呼び出して、この度し難い衝動を、そのまま現実に形にしてしまっても、いいのではないか――


 そう考えた時に、わたしの中にやってきたのは――恐れだった。


 この未知の快楽は、なにか、とんでもないところに繋がっている気がする――


 誰も見たことがない危険なところへ、わたしを運んでいってしまう気がする――


 その本能的な直感が、わたしをなんとか衝動的行動から引き戻そうとする。


 だが――


 だが、抗えない。


 抗えるはずがない。


 だって、わたしはもう知ってしまったのだ。


 人間は、一度知ってしまった快楽の味を、二度と忘れることはできない。


 だから――






「あ、あの、少年……わたしを……わたしを……わたしを、いじめてほしいのですがっっ……!!」


 深夜、わたしは少年を自室に呼び出し、そう切り出したのだった。






「…………………………………………えっ?」

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