わたしの家族


「響……くん?」


 カーテンから差し込む日の光で、目が覚めた。まだ、昨日の余韻が残ったまま。あれから、気がついたら、響くんに腕枕をしてもらいながら、眠っちゃっていた。


 数時間後、ふたりとも目を覚まして、わたしがピアノに夢中になっている間に、響くんが簡単な夕食を作ってくれていて、一緒に食べて。それから、“一回で済まなくなってもいいなら” という響くんの言葉のとおり……と、そこで、ドアの開く音。


「花」


「響くん、起きてたんだ?」


 部屋に入ってきた響くんは、とっくに服を着て、髪も整えられている。


「えっと……おはよう、響くん」


 なんだか、通常仕様の響くんを前に、緊張してしまう。昨日のことが、現実じゃなかったみたいに。


「響くん。少しでいいから、こっちに……」


「行きたいところなんだけど、類から電話があった。あと、十五分くらいで着くと思う。花も急いで、服着て」


「え……!?」


 お父さん、もっと気をきかせてくれればいいのに……なんて、無理か。






「花……! よかった。すごく元気そう。響くんのおかげだね」


 玄関のドアを開けた瞬間、お母さんのうれしそうな声。


「お母さんも来てくれたんだね」


「うん。花の顔、早く見たかったもん」


 お母さんは今にも泣き出しそうで、わたしも目が熱くなった。


「お父さん」


 今度は、お父さんを見上げる。


「あの……ご心配、おかけしました」


「本当だよ」


 あきれたように笑って、わたしの頭を軽く叩いた。今のわたしのようすを見て、お父さんも安心してくれたみたいだけれど。


「とにかく、どうぞ」


 とりあえず、中に入るように促す。


「花、奥さんみたい」


 無邪気に、お母さんがそんなことを言うから、お父さんが顔をしかめてる。すぐに到着すると聞いたから、バタバタと服を着て、お父さんとお母さんを迎える準備をした。


 その間、響くんとまともに話す時間は取れなくて、響くんが今後のことをどんなふうに考えているのか、お父さんには何を伝えるつもりでいるのか、わたしにもわからない。緊張しながら、お父さんとお母さんを響くんのいるリビングに通すと。


「響。今回は、花が……何だ? これ」


 まずは、お礼を伝えようとしたはずのお父さんが、グランドピアノに目を見張る。


「まさか、花に? いや、世話になったのは感謝してもしきれないけど、ここまで……」


「こんな色のグランドピアノ、初めて見たよ! いくらぐらいするの?」


 もちろん、お母さんも大興奮。


「やめろよ、璃子。値段なんか、怖すぎる。聞きたくない」


 そんな、いかにもなやりとりを横目に、大きく息をついたあと。


「……大事な話があります」


 ソファから降りて、神妙な顔で床に正座をした響くんに、全員が面食らった。


「何だよ? いったい、何の真似だよ」


「申し訳ありません。花に手を出してしまいました」


「…………」


 響くんの言葉に、お父さんもお母さんも、あっけに取られていた。わたしだけが……。


「にやにやするな。気持ち悪い」


「だって」


 お父さんに気づかれるほど、うれしさがにじみ出ちゃっていたようで。


「それで、できたら」


「え?」


 再び口を開いた響くんに、お父さんが視線を戻す。


「責任を取らせてもらいたいんです、けど」


「響くん?」


 責任って、つまり……。


「まさか、結婚ってことか?」


「許してもらえるんなら」


「いや、響。待て」


 きっと、必死で頭を整理しようとしている、お父さん。


「本気なのかよ? というより、正気か?」


「本気だし、正気だよ」


「おまえが花と?」


「反対されるのは、わかってるけど」


「反対も何も……」


 と、お父さんが言葉を詰まらせたとき。


「よかったね、花」


 涙声のお母さんに、抱きしめられた。


「花の気持ち、わかってたから……うれしい」


「うん……」


 わたしはわたしで、今のお父さんと響くんの会話の内容についていけていなくて、ぼんやりした状態で、立っているのが精一杯だったんだけれど。


「だから、待てって」


「もう、いいじゃない。花に任せてあげようよ、遊佐くん」


「そうじゃない。花の気持ちなんか、俺もわかってるよ。小さいときから、響しか見えてないんだから。そうじゃなくて、響だよ。いいのかよ? 何か、花に弱味でも握られたんじゃないだろうな」


「えっ?」


 お父さんは、そういう心配をしてたの?


「弱味……間違ってはないかもね」


「ええっ?」


 響くんまで、そんなことを真顔でつぶやくから、一瞬ぎょっとしたんだけれど。


「花が、俺のことをいちばんわかってくれてるっていう意味では」


 すぐに、そう続けてくれた響くんに。


「俺だって、ちゃんとわかってるよ。響の気持ちくらい」


 お父さんは、ちょっと張り合うような口調。


「響はずっと、花から逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて」


「ちょっと、お父さん……!」


 いったい、何回くり返す気?


「それこそ、死ぬ思いで逃げ続けてきたのに、最後の最後で逃げきれなかったんだろ? わかってる。花のことを大事に考えてくれたうえでの結論だってことは」


 お父さんも床に座って、響くんと目線を同じ位置に合わせた。


「……花は」


 ゆっくりと、お父さんが口を開く。


「俺と璃子が甘やかしてきたせいで、生意気だし、わがままで、格好ばかりつけるし、扱いづらく育っちゃったけど」


 それは、お父さんの血だと思う。


「でも、こんなでも……一時期、怪しい時期はあったけど、人の気持ちだけはちゃんと考えられる人間に育ったと思ってる。だから、誰よりも幸せにしてやってもらいたい。花のこと、俺からも頼む」


「お父さん……」


 真剣な表情で、響くんに頭を下げるお父さんを見て、胸が詰まる。


「うん。俺も、類と璃子の次に、花のことはよくわかってるつもりだよ」


「お父さん……!」


 響くんの言葉を聞いたら、なぜか、お父さんに泣きつきたくなった。


「もう、出戻ってくるなよ」


「約束する。ありがとう、お父さん」


 お父さんに頭を撫でられながら、何度もうなずく。お母さんなんか、泣きすぎて、何を言ってるのかも聞き取れないほどだった。夢じゃない。わたしは本当に、響くんとずっと一緒にいられるんだ —————。

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