第19章「選ばれる火」

──紅蓮王国・語りの座。

ユグ・サリオンは、詩集を閉じたまま、風の気配を探っていた。

肩に止まるルクスは、静かに震えていた。

語りが届いた先で、精霊場が揺れている。

帝国は火を封じようとしていた。

その狭間で、彼は立ち尽くしていた。


語るべきか。

沈黙すべきか。

その問いが、胸の奥で灯っていた。


──語りは、誰かの記憶に触れる。

それは、痛みを分け合う灯。

だが、灯は揺らぎを生む。

秩序をほどき、構造を揺らす。

それは、世界にとって危険かもしれない。


ユグは、語ることの重さを知っていた。

声を放てば、誰かの沈黙が崩れる。

語れば、精霊が命令を忘れる。

語れば、構造が再定義される。


──それでも、語りは止まらない。

風が、言葉を求めている。

沈黙の奥で、誰かが待っている。

その声に、応えるべきか。


ユグは、かつて語りを始めた夜を思い出していた。

誰も聞いていないはずの風に向かって、言葉を投げた夜。

それは、祈りではなかった。

それは、命令でもなかった。

それは、自分自身への問いだった。


「痛みは、誰かに届くと、少しだけ軽くなる。

だから、語っていい。

誰も聞いていなくても、語っていい」


──今、語ることは選択になった。

語れば、帝国は揺れる。

語れば、精霊場は応える。

語れば、構造は崩れるかもしれない。


ユグは、詩集を開いた。

ページの隙間から、風が入り込んだ。

ルクスが肩から離れ、空中でゆっくりと回った。


「語りは、選ばれるものではない。

語りは、選ぶものだ。

誰かの沈黙に触れたとき、語りは火になる。

その火が、風に乗るかどうかは、語り手が決める」


──帝国・戦術研究院。

ミルフィ・エルナは、ユグの語りを待っていた。

シュヴィル・カイネスは、精霊場の揺れを記録していた。

レオニス・ヴァルグレイは、沈黙のまま、語りの火を見つめていた。


──紅蓮王国・語りの座。

ユグは、語りの座に立った。

風が吹き、ルクスが戻ってきた。

彼は、語ることを選んだ。


「誰かが、語ることを禁じても。

誰かが、沈黙を強いても。

それでも、語りは残る。

それは、記憶の奥に灯る火だから」


──精霊場が応えた。

光の粒が揺れ、命令の軌道がほどけた。

兵士の剣が止まり、民衆の沈黙が揺らいだ。

それは、破壊ではなかった。

それは、再生の兆しだった。


| 語りは、命令に抗わず、記憶に触れた。

| 火は、語り手に選ばれず、語り手を選んだ。

| 精霊は、声に応え、構造を越えた。

| 誰かの沈黙が、風に乗ったとき、

| 世界は、少しだけ変わり始める。

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