第17章「揺らぐ場に、火は触れる」
──帝国・戦術研究院。
ミルフィ・エルナは、静まり返った記録室で、精霊場の反応ログを見つめていた。
数値は乱れ、命令の伝達は滞り、構造の網がほつれ始めていた。
それは、予測不能な揺れだった。
だが、彼女にはわかっていた。
その震源は、ユグ・サリオンの語りだった。
彼の声は、風に乗って届いていた。
命令ではない。
指示でもない。
それは、誰かの痛みに寄り添う問いだった。
「守ることは、命令ではない。
それは、誰かの痛みを引き受けることだ。
その痛みを、語ってもいいだろうか」
──精霊場が応えた。
光の粒が、命令の軌道を外れ、語りの響きに寄り添った。
兵士の剣が止まり、戦術の流れが滞った。
それは、構造の崩壊ではなかった。
それは、秩序の深層に触れた火だった。
ミルフィは、記録紙から目を離し、静かに息を吐いた。
語りが、精霊に届いた。
それは、痛みを分け合う声だった。
それは、命令ではなく、記憶への呼びかけだった。
(精霊が応えている。
ユグの語りに。
それは、構造では説明できない。
それは、共鳴。
それは、感情の揺れ)
彼女は、かつて語りに触れた夜を思い出していた。
幼い弟を抱きながら、風の中に誰かの声を聞いた夜。
その声は、誰かの痛みを語っていた。
それは、祈りのようで、歌のようで、ただの独り言のようでもあった。
「痛みは、誰かに届くと、少しだけ軽くなる。
だから、語っていい。
誰も聞いていなくても、語っていい」
──その言葉が、今になって揺れていた。
精霊が、語りに応えている。
構造が、揺らいでいる。
それは、危機かもしれない。
でも、それは、必要な揺らぎかもしれない。
ミルフィは、ユグの語りを思い出した。
彼の声は、誰かのためではなく、自分の沈黙に触れるためのものだった。
それは、痛みを通して灯る火だった。
それは、風に乗って、誰かの心に届く火だった。
(語ることは、責任だ。
それは、場を揺らす。
それは、構造を崩す。
でも、それが届いたなら、語るしかない)
彼女は、精霊場の揺れを見つめながら、静かに呟いた。
「語りは、誰かの沈黙に触れる。
それは、精霊にも届く。
それは、構造の外にある。
でも、それが必要なら、私は語りを守る」
──紅蓮王国・語りの座。
ユグ・サリオンは、風の中に立っていた。
肩のルクスが、静かに揺れていた。
彼は、語ることの重さを感じていた。
語りが、精霊場を揺らした。
それは、構造の安定を崩す力だった。
それは、命令を越えて届く火だった。
「語ることは、選択だ。
それは、誰かの記憶に触れること。
それは、場を揺らすこと。
それでも、語るしかない。
沈黙の奥に届くために」
──帝国・第六戦術区。
精霊たちは、命令を忘れていた。
彼らは、語りに耳を傾けていた。
それは、構造の崩壊ではなかった。
それは、再定義の始まりだった。
ミルフィは、記録紙を閉じた。
その手は、少しだけ震えていた。
語りが、精霊に届いた。
語りが、場を揺らした。
語りが、世界を変えようとしていた。
| 命令の網は、語りの響きにほどけた。
| 精霊は、数式を離れ、声に応えた。
| 火は、場の深層に触れ、揺らぎを生んだ。
| 誰かの沈黙が、風に乗ったとき、
| 世界は、少しだけ変わり始める。
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