第16章「模倣される火」
──帝国・第七管理区。
カロン・ヴェイスは、誰よりも早くユグの語りに魅了された男だった。
彼は映像を繰り返し再生し、言葉の抑揚、沈黙の間、精霊の揺れに至るまで解析した。
そして、確信した。
「語りは技術だ。再現できる。帝国のために、秩序のために」
彼は自らの声に、ユグの言葉をなぞらえた。
痛みの輪郭をなぞり、記憶の形を模写し、語りの“型”を作り上げた。
それは、火のような言葉だった。
だが、熱を持たなかった。
「苦しみは分かち合える。
だから、我々は語る。
帝国の未来のために。
この声は、秩序を守る灯だ」
──その響きは、空虚だった。
精霊たちは応答せず、兵士たちは戸惑い、民衆は耳を傾けなかった。
第七管理区の精霊場は、異常な沈黙を示した。
命令が通らず、光の粒は揺れを拒んだ。
カロンは焦った。
「なぜだ。言葉は正確だった。
構成も、間も、すべて計算した。
なのに、なぜ届かない」
彼は叫んだ。
それは怒りではなく、焦燥だった。
彼の中に、語るべき記憶がなかった。
痛みを通過した言葉がなかった。
ただ、模倣だけがあった。
──帝国・戦術研究院。
ユグ・サリオンは、記録映像を静かに見つめていた。
彼の語りが、誰かに真似された。
だが、その声は風に乗らなかった。
精霊は、火の芯を見抜いていた。
「言葉は、誰かの傷に触れて初めて、揺れる。
響きだけでは、届かない。
語る者が、自らの沈黙を通らなければ、火は灯らない」
ユグの声は、静かだった。
だが、その静けさは、模倣の空虚を照らしていた。
ミルフィ・エルナは、記録紙を見つめながら目を閉じた。
彼女は知っていた。
語ることは、痛みを晒すことだ。
それは、構成できるものではない。
それは、誰かの心に触れるための、裸の声だ。
シュヴィル・カイネスは、端末の数値を見つめていた。
精霊場の拒絶は、設計外の反応だった。
彼は初めて、数式の外にある揺らぎを認めた。
「模写された声は、命令にはなり得ない。
精霊は、記憶に応答する。
それは、設計できない領域だ」
──帝国・第七管理区。
カロン・ヴェイスは、沈黙の中に立ち尽くしていた。
彼の声は、誰にも届かなかった。
彼の語りは、誰の記憶にも触れなかった。
「私は、語りたかった。
ユグのように。
風に乗せて、誰かの心に届くように。
でも、私は語る理由を持っていなかった。
私は、語る痛みを持っていなかった」
──紅蓮王国・語りの座。
ユグは、遠くを見つめていた。
肩のルクスが、静かに揺れていた。
彼は詩集を開き、言葉を選んだ。
「語ることは、誰かのためではない。
それは、自分の沈黙に触れるための行為だ。
痛みを通して、火は灯る。
その火が、風に乗るかどうかは、語り手にはわからない。
でも、語るしかない。
それが、語りの本質だ」
──帝国・戦術研究院。
三人の影が、語りの火を見つめていた。
模倣された声は、風に乗らなかった。
だが、ユグの語りは、誰かの沈黙に届いていた。
| なぞられた言葉は、精霊に拒まれた。
| 痛みを通らぬ声は、風に乗らず。
| 火は、記憶の奥に灯るもの。
| 誰かの沈黙に触れたとき、初めて揺れる。
| まだ、誰も知らない。
| この火が、世界を変える日が来ることを。
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