第11章「剣、語りに止まる」

紅蓮王国・前線。

剣が交差するはずだった瞬間、語りの火が灯った。

それは命令でも構造でもなく、声として、記憶として、兵士の心に届いていた。


ユグ・サリオンは語りの座に立ち、詩集を開いた。

肩には、精霊ルクスが止まっていた。

小さな光の粒が、語りの火に寄り添い、戦場の気配に微かに震えていた。


彼の語りは、命の重さに触れるものだった。

それは「戦う理由」ではなく、「生きる痛み」への静かな問いかけ。

兵士たちは剣を握りながら、語りに耳を傾けていた。


「誰かを守るために剣を持った。

でも、その誰かは、もういない。

それでも、剣を振るうべきなのか」


語りは、誰かの苦しみを思い出させる。

老いた父の背中。

病に伏した妹の声。

失われた友の笑顔。

それらが、剣の重さを変えていく。


兵士たちは立ち止まり、耳を傾けた。

剣を握る手が、わずかに揺れる。

語りは、何かを教えるものではなかった。

ただ、思い出させるものだった。

生きることが、どれほど苦しく、どれほど悲しいかを。


ルクスがふわりと浮かび、兵士たちの間を一周して戻ってきた。

ユグは小さく笑った。


(語りが届いた。命の火が、剣に触れた。

でも、答えはない。ただ、剣が止まった)


──帝国・戦術研究院。

前線記録の映像が、静かな部屋に淡く揺れていた。

三人の影が、その光の中に立っていた。


レオニス・ヴァルグレイは映像に目を落としながら、眉間に深い皺を刻んでいた。

その視線は、剣の動きを見ているようでいて、兵士の心を探っていた。

(命令は届いている。構造も稼働している。

それでも剣が止まる。

これは…語りが、心に触れているのか?)


「……剣が止まっている。命令は届いているはずだ」

彼は言葉を絞り出すように、静かに口を開いた。


シュヴィル・カイネスは端末の光を見つめながら、少しだけ息を整えた。

「語りが、命令よりも深い層に触れているのかもしれません」

その声は冷静だったが、語尾にわずかな揺らぎがあった。

(精霊場の反応が、構造の指示系を逸脱している。

これは…設計の限界か。

いや、“限界”という言葉を使うこと自体が、語りに触れている証か)


ミルフィ・エルナは記録紙に指を添えたまま、語りの余韻に触れるように呟いた。

「ユグの語りは、兵士の記憶に触れている。

これは、戦術ではなく、痛みの共有。

兵士たちは、語りに応えている。

それは、剣を止める理由になる」


彼女の声は柔らかく、確信に満ちていた。

(彼らは剣を止めた。

それは、語りに応えた証。

痛みを思い出したから。

それは、戦術ではなく、人間の選択)


レオニスは映像を見つめたまま、言葉を探していた。

兵士たちが剣を握ったまま、動かない。

語りは、戦術の外側に届いていた。


「……語りは、命令ではない。

だが、命令よりも強いものかもしれない」

彼は目を細めながら、語りの火に触れるように言葉を紡いだ。

(もし語りが命令を超えるなら、我々の構造は何を守っている?

それは、記憶か。痛みか。

それとも…希望か)


シュヴィルは少し間を置いてから、語りの火に触れるように声を重ねた。

「語りは、記憶に触れる火です。

それは、構造では制御できません。

精霊場が反応している以上、語りは戦術の一部ではなく、再定義の契機です」

(再定義。

私はその言葉を使うことを避けてきた。

だが、語りはそれを迫ってくる)


ミルフィは静かに頷きながら、語りに寄り添うように声を重ねた。

「語りは、痛みに寄り添うもの。

それは、誰もが持つ悲しみを思い出させる。

だからこそ、剣が止まる。

それは、戦術ではなく、人間の選択」

(ユグは語っている。

誰かのために。

誰かの痛みのために。

私は…それを聞いている)


レオニスは目を閉じた。

その奥に、幼い日の記憶が揺れていた。

剣を握った理由。

守りたかったもの。

語りが、そこに触れていた。


──紅蓮王国・前線。

ユグは語りを終えた。

詩集を閉じ、静かに息を吐いた。

ルクスがふわりと浮かび、戦場の空気を一周して戻ってきた。


語りは、火だった。

でも、火は風に乗る。

剣に触れ、記憶に触れ、命の選択を揺らす。


| 剣、語りに止まる。

| 火は、記憶に宿り、痛みに触れた。

| 精霊は、剣を選ばず、心に灯った。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、世界を変える日が来ることを。

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