第9章「揺らぐ帝国、語りの余白」

帝国・前線指令室。

戦術図が並ぶ壁の前で、レオニス・ヴァルグレイは沈黙していた。

語りの火が、戦場に届いた。

兵士の足が止まり、精霊が揺れた。


「……語りが、届いたのか」


その声は低く、しかし確かに揺れていた。

彼の隣で、シュヴィル・カイネスが静かに言った。


「兵士たちが、剣を抜く前に立ち止まりました。

語りの火が、精霊場を通じて届いたようです」


ミルフィ・エルナは記録を見つめながら、言葉を選んだ。


「構造では説明できない反応です。

語りが、兵士の“記憶”に触れたのかもしれません」


レオニスは眉をひそめた。

「記憶に触れる? 戦術は、記憶ではなく速度だ。

語りは、構造を乱すノイズにすぎない」


シュヴィルは、少しだけ目を伏せた。

「でも、ノイズが心を揺らすなら、それは武器ではなく、祈りかもしれません」


ミルフィは、資料の端を指でなぞりながら言った。

「……私も、少しだけ、語りに惹かれてしまったのかもしれません。

構造では届かない場所に、語りは届く。

それを“遅い”と切り捨てるのは、少し惜しい気がします」


レオニスは彼女を見たが、何も言わなかった。

代わりに、戦術図をさらに細かく書き換えた。


「ならば、構造を強化する。

語りの余白を潰す。

精霊場など、踏み潰せばいい」


その頃、紅蓮王国ではユグ・サリオンが詩集を開いていた。

肩には、精霊ルクスが止まっていた。

語りの火にだけ反応する小さな光の粒。

帝国の揺らぎを、静かに見守っていた。


(帝国が揺れた。語りが届いた。

でも、揺らぎは一瞬だ。構造はすぐに補強される。

……ルクス、君はその一瞬に宿るのか?)


ルクスがふわりと浮かび、語りの軌道を一周して戻ってきた。

ユグは小さく笑った。


「……宿るらしい。精霊の判断、侮れない」


セリナ・ノクティアが香環を調整しながら言った。

「帝国の精霊場、揺れてる。

語りの火が、構造の隙間に入り込んだわ」


リュミナ・ヴァルティアが沈黙の場を深めながら言った。

「沈黙が、帝国の構造に届いた。

語りの器が、敵陣にも広がり始めています」


イルミナ・フェルナは光の式図を描きながら、小さく呟いた。


「……第6軌道、反応……帝国側にも……精霊、揺れてる……」


ユグは詩集を閉じた。

「語りは、火だ。

でも、火は風に乗る。

構造の隙間に入り、記憶に触れる」


ルクスが肩の上で小さく震え、詩集の表紙にそっと触れた。


(君は、語りの火に寄り添う唯一の精霊だ。

構造が揺らいでも、君がいるなら、語りは消えない)


| 揺らぐ帝国、語りの余白。

| 火は、構造の隙間に入り、記憶に触れた。

| 精霊は、祈りに応え、剣を止めた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、世界を変える日が来ることを。

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