第8章「語り、戦場に届く」

紅蓮王国・北方前線。

霧が立ち込める丘陵地帯に、語りの陣が設置された。

沈黙の場、香環の流れ、光の軌道。

六星の残火が、初めて実戦に投入される。


ユグ・サリオンは詩集を開いたまま、語りの座に立っていた。

肩には、精霊ルクスが止まっていた。

小さな光の粒が、語りの火に寄り添い、戦場の気配に微かに震えていた。


(戦場で詩を読むなんて、冷静に考えれば狂気だ。

でも、狂気の中でしか理想は灯らない。……ルクス、君は逃げないのか?)


ルクスはふわりと浮かび、語りの軌道を一周して戻ってきた。

ユグは小さく笑った。


「……逃げないらしい。精霊の勇気、侮れない」


セリナ・ノクティアが香環を調整しながら言った。

「香り、安定。精霊場、反応あり。

語りの火、届く準備は整ってるわ」


リュミナ・ヴァルティアが沈黙の場を深めながら言った。

「余白、確保。語りの器、安定。

精霊、沈黙に宿り始めています」


イルミナ・フェルナは光の式図を描きながら、小さく呟いた。


「……第5軌道、光量……安定。

精霊、反応……してる……と思う……」


ユグは詩集を開き、静かに語り始めた。


「“六星の残火、語りの軌道に宿りて、戦場を祈りに変える”」


その言葉に、空気が震えた。

香りが揺れ、沈黙が深まり、光が輪郭を描いた。

精霊が、軌道に沿って集まり始めた。


ルクスはその中心で、静かに光を灯していた。


その頃、帝国軍は速攻型戦術を展開していた。

レオニス・ヴァルグレイの設計による、構造重視の突撃陣形。

語りが届く前に、場を制圧する速さが、紅蓮の前線を飲み込もうとしていた。


シュヴィル・カイネスが前線で指示を出しながら言った。

「……語りが届く前に、陣形を崩す。

それが、レオニス様の戦術です」


ミルフィ・エルナは後方で記録を取りながら、静かに呟いた。

「でも、届いてしまったら……どうなるのかしら」


レオニスは前線を見つめながら言った。

「届かせるな。語りは、火だ。

火種を潰せ。構造で、理想を焼き払え」


その瞬間、紅蓮の陣で語りの火が灯った。

ユグの声が、戦場に届いた。


「“剣を抜かずとも、祈りは届く。

火は、記憶に触れ、心を揺らす”」


帝国兵の足が、微かに止まった。

香りが揺れ、沈黙が包み、光が軌道を描いた。

精霊が、兵士の周囲に浮かび始めた。


ルクスがふわりと浮かび、戦場の中心を一周して戻ってきた。

ユグは詩集を閉じた。


「……語り、届いた。

火は、燃えた。

精霊は、応えた」


(でも、胃薬は忘れた。戦場で妄想が暴走したら、精霊より先に僕が倒れる)


セリナが微笑んだ。

「あなたの語り、戦場に届いたわ。

精霊が、祈りに応えてる」


リュミナが静かに言った。

「沈黙が、語りを守った。

火は、余白に宿った」


イルミナが式図を見つめながら、小さく呟いた。


「……光、届いた。

精霊、逃げなかった……」


ルクスが肩の上で小さく震え、詩集の表紙にそっと触れた。


| 語り、戦場に届く。

| 火は、構造を越え、記憶に触れた。

| 精霊は、祈りに応え、剣を止めた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、世界を変える日が来ることを。

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