第6章「帝国、速攻の牙を研ぐ」

帝国・戦術研究院。

冷たい石壁に囲まれた地下室で、レオニス・ヴァルグレイは戦術図を見つめていた。

その背には、副官シュヴィル・カイネスと参謀ミルフィ・エルナ。

語りも詩も、ここには存在しない。あるのは、構造と速度だけ。


「……紅蓮王国の新戦術。語りによる戦術設計、だと?」


レオニスの声は低く、しかしその瞳は燃えていた。

16歳で軍人となり、帝国の英雄と呼ばれる彼は、今や世界統一を目指す野心の中心にいた。


ミルフィが資料を差し出す。

その所作は端正で、声は凛としていた。


「精霊場の異常反応が確認されています。

語りによって兵士の士気が崩れた事例も複数。

……詩的な戦術ですが、無視できません」


レオニスは眉をひそめた。

「詩で戦う? それは戦術ではない。

感情に依存する構造は、軍事では不安定だ」


シュヴィルが静かに言った。

「ですが、兵士の心に届くなら、速さだけでは測れない価値があります。

語りが武器になるなら、それは守る力にもなり得る」


ミルフィは一瞬、視線を伏せた。

「……私も、少しだけ、語りに惹かれてしまったのかもしれません」


レオニスは彼女を見たが、何も言わなかった。

代わりに、戦術図を一気に書き換えた。


「ならば、速攻で潰す。

語りが届く前に、構造で制圧する。

精霊場など、踏み潰せばいい」


ミルフィが指先で図をなぞる。

「語りの火は、点火に時間がかかる。

ならば、速さで包囲し、火種を潰す。

詩は、戦場に間に合わない」


シュヴィルがぼそりと呟いた。

「詩集って、紙ですしね。火種ってより、紙の爆弾。湿気に弱そうです」


レオニスは笑った。

「だが、火は火だ。

燃え広がる前に、風で吹き飛ばす。

我々の速攻は、語りの余白を許さない」


その頃、紅蓮王国ではユグが詩集を開いていた。

セリナが香環を調合し、リュミナが沈黙の場を整え、イルミナが光の輪郭を描いていた。


ユグの肩には、精霊ルクスが止まっていた。

語りの火にだけ反応する小さな光の粒。

帝国の速攻に対抗する策を練るユグの語りに、静かに寄り添っていた。


「……帝国が動き始めたわ。

語りに対抗する速攻型戦術を設計しているみたい」


セリナの声は、香りのように揺れていた。

ユグは詩集を閉じた。


「速攻か。語りが届く前に、場を潰すつもりだな」


(語りは火。でも、火種には時間が要る。

帝国の速攻は、火種を踏み潰す靴底か。

……詩集に耐火性能があればいいのに)


リュミナが静かに言った。

「沈黙の余白が、消される。

語りの火が、届かなくなる」


イルミナは式図を描きながら、誰にも聞かれていないと思って呟いた。


「……火種、守れる……かも……光で……」


ルクスがふわりと浮かび、イルミナの式図の上を一周して、ユグの肩に戻る。


(ルクス、君も認めたのか。彼女の光は、速攻にも負けない。

語りが潰される前に、光が道を作る)


セリナが微笑んだ。

「それって、魔法みたいな理想ね」


ユグは目を細めた。

「ただの分析結果だ。あと、速攻型の兵士って、詩を読んでる暇あるのかな」


リュミナが静かに言った。

「……その言い回し、最近よく耳にします」


イルミナが控えめに笑った。

「精霊にも、伝染するかもしれません」


ルクスが肩の上で小さく震え、詩集の表紙にそっと触れた。


(君は、語りの火に寄り添う唯一の精霊だ。

速さに追われても、君がいるなら、語りは消えない)


| 帝国、速攻の牙を研ぐ。

| 語りの火は、構造に追われ、場を失いかけていた。

| それでも、火は消えなかった。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、速さを越えて記憶に届く日が来ることを。

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