第2話 懲役2年3か月

鉄雄(てつお)は、この灰色の独房の生活にすっかり慣れきっていた。懲役二年三ヶ月。闇バイトに手を出し、たった一度の愚かな判断が彼の人生をこの鉄格子の内側へ引きずり込んだ。親とは十年以上の音信不通。彼は、もう誰からも必要とされていない、孤独な存在だった。


だからこそ、入所から一年が過ぎたある日、「面会だ」と看守に呼ばれた時、彼は動揺した。面会を申し込む人間など、この世界にいるはずがない。


面会室のアクリル板の向こうに座っていたのは、記憶の中の映像と寸分違わない、あの男だった。


二年半前、鉄雄が山奥の別荘で運び出した「物」―すなわち、遺棄を手伝ったはずの死体の男。


生きていたのか? 鉄雄は呼吸を忘れた。血の気が引き、思考が麻痺する。事件の被害者は、山で発見され、身元確認され、火葬されたはずだ。報道も裁判記録も、そう示していた。


「お前...生きてたのか?」鉄雄は震える声で尋ねた。


男は表情一つ変えない。彼の顔は、まるで感情という機能が欠落した、完成度の高い人形のようだった。


「出所予定はいつですか?」


男の声は抑揚がなく、まるで録音されたテープが再生されているかのようだった。


鉄雄は困惑と恐怖で頭が混乱しながらも、この異常な状況に終止符を打つには、男の問いに答えるしかないと直感した。


「...あと二年だ。一年と十ヶ月、いや、二年後だ」


「二年」


男は小さく復唱すると、静かに口角を上げた。その笑みは、安堵でも、喜びでもなく、何かを予期し、それが確定したことへの、ゾッとするような満足感に満ちていた。


そして、男はそれ以上何も言わずに席を立ち、面会室の扉の向こうへ消えていった。


その日から、恐怖は定期的に訪れるようになった。


二ヶ月後、再び「面会だ」と鉄雄の名が呼ばれた。アクリル板の向こうには、あの男がいた。


「出所予定はいつですか?」


それが彼の唯一の質問だった。鉄雄が「あと一年八ヶ月だ」と答えると、男は前回と同じようにニヤリと満足そうに笑い、帰っていった。


さらに二ヶ月後、また男が現れた。


「出所予定はいつですか?」


「あと一年六ヶ月だ」


「二年」から始まったカウントダウンは、二ヶ月ごとに正確に更新されていく。男は、鉄雄が「死体遺棄」という行為を通じて結んでしまった、逃れようのない契約を、律儀に確認しに来ているようだった。


面会室で鉄雄が何を言おうと、男の態度は変わらない。


「お前はあの時の被害者本人なのか?」

「...出所予定はいつですか?」


「俺に何の恨みがあるんだ?」

「...出所予定はいつですか?」


「もう二度と来るな!」

「...出所予定はいつですか?」


看守もまた奇妙だった。男が面会室に座っている間、看守は奥の席で一切動かない。鉄雄が面会者の正体について声を荒げても、看守は一切介入せず、ただ事務的に時間だけを管理していた。


ある日、面会が終わった後、鉄雄はダメ元で看守に問いかけてみた。


「おい、ちょっと聞きたいんだが、あの面会者って一体誰なんだ? 彼の身元は?」


看守は一瞬、鉄雄に冷たい視線を向けた。


「四〇一号。私語は慎め。面会者の身元確認は規定通り行われている」


規定通り...? 鉄雄が遺棄したはずの死体が、看守の目には「規定通りの面会者」として映っているというのか? それとも、看守は、鉄雄が「幻覚を見ている」という前提で、鉄雄を病人として扱っているのだろうか。


男が生きているのか、それとも死んだ人間の怨念なのか、鉄雄には判別できなかった。彼は、事件当時、男が本当に死んでいたのかさえ、もはや自信を持てなくなっていた。


そして、最後の面会の日がやってきた。


刑期満了まで、残り二ヶ月。


男はいつものようにアクリル板の向こうに座り、鉄雄を見据えた。鉄雄の全身は、恐怖と疲労で限界を迎えていた。


「出所予定はいつですか?」


男の質問は、いつもと同じだった。


鉄雄は震える声で答えた。「...あと二ヶ月だ」


男は、これまでで最も長く、そして最も深く、ニヤリと笑った。


その笑みは、もはや満足感ではない。まるで、待ちに待った収穫の時を前にした、農夫のような、確信に満ちた喜びに変わっていた。


男はゆっくりと、ポケットから何かを取り出した。手のひらに乗るほどの、黒ずんだ、歪んだ木彫りの人形だった。


あの時、遺体を包む毛布のそばに転がっていて、鉄雄が気味悪がってそのまま埋め戻したはずの、あの人形。


「お礼を申し上げます、鉄雄さん」男は人形をアクリル板にコツンと当てた。「あなたは二年前に、私たちを一つにしてくれた。私たちは、あなたが解放されるのを心待ちにしています」


https://kakuyomu.jp/users/korokorokun/news/822139836946391450


男は人形を元のポケットに戻すと、立ち上がった。


「二ヶ月後、お迎えに上がります」


それが、彼の最後の言葉だった。


鉄雄は独房に戻り、自分の体が、男の待ち合わせ場所から外の世界へ引き渡されるまでの、最後の二ヶ月間を数え始めた。


男は、彼が自由になった瞬間、彼をどこへ連れて行くつもりなのだろうか。そして、あの男は、本当に彼の遺棄を手伝った死体の男なのだろうか? それとも、あの時、男を死体として埋めるという行為が、別の何かの目覚めと、鉄雄の人生への永久的な侵入を許してしまったのだろうか。


鉄雄の残りの時間は、ただ静かに、出口のない地獄への道筋を数えるために、刻々と過ぎていくのだった。

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