第2話 誘っても断るのに、誘わないと怒る人


 玉座の脇に控えて出番を待ちながら、ルミナは、数年前の試飲会を思い出していた。


 薬草魔女のルミナは、自分で育てた薬草を使って薬やお茶を作って売っていた。彼女の作る薬や香草茶は評判が良く、国内外からの注文が途切れたことはなかった。

 彼女は塔の魔女に就任してから毎年、自作の香草茶の試飲会を開催し、先輩の魔女たちを招待して、様々な効能のお茶を試飲してもらっていた。しかし9の塔のケレスだけは招待状を送っても一度も参加することがなかったため、ある年ルミナは彼女に招待状を送らなかった。


 試飲会当日は気持ちの良い晴天であった。ルミナの畑の傍に設置されたガーデンテーブルの上には様々なブレンドの新作の香草茶が並び、サブレやタルトのようなお菓子も用意されて、魔女たちはそれぞれ好みの香草茶を楽しんだ。


 その最中、突然テーブルが揺れてカップからお茶がこぼれた。この地方には珍しい地震かと魔女たちが警戒する中、畑の土がもこもこと盛り上がり、土塊つちくれをまき散らしながら巨大なモグラが顔を出した。

 水牛よりも大きいモグラは、畑を荒らし、ガーデンテーブルをひっくり返し、大暴れした後に、魔女たちに捕獲されて大人しくなった。


 この巨大なモグラは、ケレスが魔法で巨大化させてルミナの畑に放り込んだモグラであり、魔法を解くと元の小さなモグラに戻った。先輩魔女に、ケレスが「誘っても来ないが、誘わないと拗ねる」という大変面倒な性格であることを教えてもらったルミナは、以降、無駄と知りながら、毎年ケレスにも招待状を送っていた。


「ヤバいよヤバいよ……」

 10の塔のノーナが、爪を噛みながら呟く。

「このパーティー、無事ではすみませんね」

 11の塔の魔女サラキアが遠い目をして言った。


 ざわめく魔女たち。浮足立つ彼女たちを落ち着かせたのは、筆頭魔女フォルトゥナだ。

 癖のない黒髪に黒い瞳の少女の姿の魔女は、パン、と手を叩いて注目を集めると、

「なんとしてもパーティーを無事に終わらせるぞ。ケレスの妨害が予想される。祝福を与える者以外は、王城の結界の強化と会場内の警戒にあたれ!」

と言った。

 最強の魔女の言葉に、魔女たちは落ち着きを取り戻した。


「国王陛下、王妃殿下、王女殿下、ご入場!」

 騎士が王と王妃と王女の登場を告げた。貴族たちはお辞儀をし、外国の貴賓はそれぞれの立場に相応しい礼をとった。直立のまま動かないのは、警護の騎士と魔女だけである。


 王と王妃が高い壇の上に据えられた椅子に座り、2人の間に揺りかごが置かれ、王女が寝かされた。姿勢を楽にするように王が来客に告げ、王女のために遠くから祝いに来てくれたことを労い、揺りかごから王女を抱き上げ、その姿を見せた。


「第1王女、アウロラである」


 父親に突然抱き上げられても、王女はすやすやと眠っていた。安眠魔法が効いているようだ。次代の健やかな姿に安堵して、貴族たちは拍手を送った。


 お披露目の次は魔女からの祝福だ。1の塔のフォルトゥナが、揺りかごの傍に歩み寄り、

「わたくしからは、王女様に偽りのない純粋な心を贈ります」

と言い、揺りかごを淡く光らせた。観客がおお、とどよめいた。


 この光は特に祝福とは関係のない、演出の光であった。魔女以外には本当に祝福がかかったのか判断ができないため、このような分かりやすい目に見える特殊効果エフェクトが只人相手には必要とされる。


「それでは、わたくしからは―――」


 2の塔の魔女フロラが次の祝福を授けるために進み出た。


*****


 11番目の祝福を授けに12の塔の魔女ヴェスタが王女の揺りかごに近づき、

「わたくしからは、アウロラ姫に燃えるような情熱を。理不尽に負けぬ勇敢な心を持つ姫君に育つよう、祝福を贈ります」

と言い、指先から1筋のオレンジ色の炎の幻を流し、揺りかごを1周させてから消した。


(どうやら無事に終わりそうね)


 会場内を警戒していたルミナは、ほっと安堵のため息を吐いた。城の結界に綻びはなく、どうやらケレスの妨害なしにパーティーを終えることができそうだ。

 祝福を終えたヴェスタと入れ替わりに、ルミナは揺りかごの方に歩き出した。


 その時、突風が吹きつけ、ルミナは転倒した。

「うわっ!?」

 ルミナだけではない。他の魔女にも暴風が襲いかかり、フォルトゥナのような古参の魔女たちは防御して無事だが、若手の魔女たちは吹き飛ばされ、壁や柱に体を打ち付け呻いていた。


 風が吹いてきたのは、外国の貴賓の集まる区画からであった。その区画から、公国の大使夫人が微笑みながら進み出て、玉座に向かって歩き始めた。誰も彼女を止めようとしない。いや、止められない。会場にいる者は皆、金縛りにあったかのように動けなくなっていた。

 大使夫人は、歩きながら徐々にその姿を変えていく。小太りの茶髪の中年女性は、1歩踏み出すたびに背が伸び、髪の色が薄く変じた。王女の揺りかごに辿りつく頃には、彼女は金髪碧眼の妙齢の美女になっていた。


「ケレス!」


 フォルトゥナが叫ぶが、ケレスと呼ばれた美女はそちらを見ることもなく、揺りかごの中の王女に語りかけた。


「私はこのパーティーに招待されませんでしたが、せっかくなので王女様に贈り物をしたいと思います。王女様、あなたは15歳の誕生日までに、紡錘つむが指に刺さって死ぬでしょう」


 そう言うと、ケレスは、自分の周りにつむじ風を吹かせた。風が止むと彼女の姿は広間から消えていた。それと同時に、人々の金縛りが解けた。


 王城の広間は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 王妃は悲鳴を上げて失神し、騎士たちは侵入者を捕まえようと走り出し、パーティーの客たちは、パニックを起こして広間から逃げようとした。


「鎮まれ!」


 王の一喝で、会場の人々は落ち着きを取り戻した。王は、筆頭魔女フォルトゥナに問いかけた。


「魔女フォルトゥナよ。今の女は何者か?そなたは知っているようだが」

 王に問われ、フォルトゥナが答える。

「9の塔の魔女、ケレスです」


「なぜ塔の魔女が我が城で狼藉を働く」

「このパーティーにケレスは招待されなかったようです。それを恨みに思ったのではないかと思われます」

「なぜ彼女が招待されなかったかについては後で調べるとして、ケレスは我が娘に何をした」

「死の呪いです」


 会場から押し殺したような悲鳴が上がる。王がそちらを睨むと、ざわめきは収まった。


「呪いを解けるか?」

「我々は祝福をかけた直後のため、解呪できません。また、非常に強い呪いのため、完全に解くことは難しいでしょう。ですが、まだ1人、祝福に力を使っていない魔女がいます」


 フォルトゥナは、13番目の魔女ルミナを指し示した。

 ルミナはケレスの風で転倒して腰をしたたかに床に打ち付け、ようやく起き上って腰をさすっているところであった。ルミナは、会場中の注目が自分に集まっていることに気付き、「え?え?」と周囲を見回した。


「13の塔の魔女ルミナ。彼女の祝福によって呪いを上書きしてもらうのです」

「え?」


 筆頭魔女の無茶振りに、ルミナは首を傾げた。


「そうか!魔女ルミナ、やってくれるか?」

「魔女様!どうか王女様をお救いください」

「13番!ケレスの奴に目に物見せてやれ」

「ルミナ!頑張って!あんたならできるわ」


 王や貴族、それに同僚の魔女たちが口々にルミナに訴えかける。彼ら彼女らだけではない。今や、会場中の人間の視線が彼女1人に集まっていた。皆の注目を一身に集めながら、ルミナは、

おうちに帰りたい)

と半泣きになっていた。

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