13番目のルミナ
良宵(よいよい)
第1話 13番目の魔女は苦労人
その日、王国は祝福に包まれた。
すべての町と村に葡萄酒の振舞い酒が配られ、肉が焼かれ、祝宴が開かれた。
「王女様がご誕生!御名はアウロラ姫!」
町の広場にお触れ書きが立てられ、
若くして即位した現王クィリヌスが、王妃フィデスを迎えてから3年が経つ。なかなか懐妊の兆しが見えず、周囲が側室や愛妾を勧める中、ついに王妃が妊娠した。王妃は月満ちて元気な女の子を産んだ。この国は基本的に長子相続であり、何事もなければこの赤子がいずれ女王となる。待ち望んだ後継者の誕生に、国中が沸き立った。
王も歓喜した。子を持つ感動と喜びよりも、安堵が王の心を満たした。自分の後を継ぐ者が現れると言うことが、こんなにも心を軽くしてくれることに彼は初めて気付いた。彼がこの世に産まれてから背負い続けてきた重荷を共有してくれる存在。王は、このふにゃふにゃと泣く赤子に、自分が贈ることのできる最高の贈り物をしようと思った。
*****
「はあ、それで私たちが招喚されることになったと」
王国の西の端には、魔の森と呼ばれる鬱蒼とした森がある。その森を遠くから眺めれば、木々の間から何基もの石造りの尖塔がにょきにょきと生えているのが見える。魔女の塔と呼ばれる高い塔にはそれぞれ主となる高位の魔女が住んでいる。現在、塔の数は13基。これは、今現在、高位の魔女が13人存在することを意味する。
一番新しい『13の塔』に住むのは、薬草魔女と呼ばれるルミナだ。高位の魔女の中で一番若く、一番下っ端である。彼女は腰まである美しい黒髪を結い上げず解いたまま、ソファの上にだらしなく寝転がりながら手紙を読んでいた。手紙は、王宮からの招待状であった。
「ふ~ん。10日後に王女様のお披露目パーティーを開くから出席しろってか。そのときに高位の魔女がそれぞれ王女様に祝福を与えるようにと……」
招待状の内容を読み上げるルミナに、窓辺から声がかかった。
「生後間もない赤ん坊をパーティーに出すなんて無謀じゃありませんか?人が多くてびっくりして、ぎゃん泣きしちゃいますよ~」
窓辺には、雌の黒猫が1匹、お腹を日干ししながら寝そべっていた。ルミナの使い魔のソルである。
「防音魔法かけるしかないかな。それか安眠魔法で眠っていてもらうとか」
あ~面倒だと言いながら、ルミナは便箋を12枚取り出し、『先輩方の王女様への祝福を教えてください』と書いてから、紙飛行機を折って窓から飛ばした。
窓辺でヘソ天で寝ていたソルは起き上って伸びをして、12基の塔のそれぞれに向かって飛んでいく紙飛行機を見つめた。
魔女の世界は実力主義だが、年齢を重ねた魔女ほど実力が高い傾向がある。したがって、最も若く魔女としてのキャリアが浅いルミナは、塔の魔女の中で最下位である。
今回のように、高位の魔女が一堂に会して贈り物をする場合、下っ端のルミナが動いて、贈り物が被らないように調整するのだ。
薬草畑の雑草を抜いたり、肥料や水をやったり、日々のルーチンを済ませたルミナが塔の最上階の部屋に戻ると、紙飛行機が1枚戻ってきていた。
「おお、さすがは筆頭魔女のフォルトゥナ様。仕事が早い」
『1の塔』と呼ばれる最も高く最も古い塔に住むフォルトゥナは、魔女の中で最も古参で最も強力な魔女だ。なお、魔女は魔力の成長が止まると老化が止まるため、外見年齢は実際の年齢と一致しないことが多い。筆頭魔女のフォルトゥナは、見た目10歳くらいの少女である。本当の年齢は怖くて聞けていない。ルミナの見た目は20歳前後であり、彼女の実年齢とそれほど乖離していない。
「ふむふむ。フォルトゥナ様の祝福は『偽りのない純粋な心』ですか。漠然とした、範囲の広い祝福で、後にクレームの付きづらい、何となく良い感じの美質を授けるのですね。さすがに老獪な。勉強になります」
その日のうちに、12基の塔の全てから返信があった。先輩方の祝福を一覧表にまとめたルミナは「ううう」と唸って頭を抱えた。
1の塔:偽りのない純粋な心
2の塔:朝焼けのような美しさ
3の塔:駒鳥のような踊りの上手さ
4の塔:ナイチンゲールのような美しい歌声
5の塔:子孫繁栄(子宝に恵まれる)
6の塔:国を統治するに足る徳
7の塔:知恵(賢さ)
8の塔:経済力(商売繁盛)
9の塔:秘密
10の塔:活力(元気はつらつ)
11の塔:寛容(よきにはからえ)
12の塔:情熱(勇気りんりん)
「9の塔のケレス様……秘密って何?教えてくれないの?困るんですけど!」
そう叫ぶルミナの膝の上に座ったソルは、手紙を覗き込み、
「10と11と12の魔女様、やけ起こして適当な祝福になっているじゃないですか!」
と言って、シッポをぶわりとふくらませた。
やはり13人もいると、被らない祝福を考えるのも難しい。しかも、9の塔のケレスの祝福の内容が分かっていないため、最低2つは祝福の候補を考えておかなければならない。こうした集まりは出席しないことが多いケレスだが、このように「秘密」と返信するということは、今回は出席する気があるようだ。
ルミナは、本棚から『はじめての祝福~サルでも分かる祝福学~』という初心者向けの本を取り出して読み始めた。
「う~ん、『優しさ』は純粋な心や徳と被るし……『無病息災』は活力と被る……。いっそ被っても良いかな。重ねがけということで……」
ぶつぶつ呟きながら、ルミナはパーティー前日まで何を贈るか悩み続けたのであった。
*****
王女のお披露目パーティーは、王城の大広間で開催された。
国中の貴族が招待され、各地から家紋を付けた豪奢な馬車が王城を目指した。
招かれたのは国内の貴族だけではない。国外からも王族皇族や外交官が招待を受けた。
夕刻、大広間のシャンデリアに火が灯され、綺羅星の如く並んだ国内外の貴顕を照らし出した。彼ら彼女らは、国や領地の威信をかけて貴金属や宝石で身を飾り、シャンデリアの灯りを受けて物理で輝いていた。
そんな華やかで光あふれる王城の大広間の一画に、闇の化身のような黒装束に身を包む集団がいた。黒いつば広帽子に黒いローブの女たち。高位の魔女だ。いずれ劣らぬ美女や美少女の集団だが、浮名を流す伊達男もパトロンを探す若い燕も、彼女たちには近寄らない。1人で1国の軍隊と渡り合える力を持つ高位の魔女は、
「あ~やだやだ。これだから王城には来たくなかったんだよ。珍獣扱いされるから。居心地が悪いったら」
10の塔の魔女ノーナが、ぼやきながら葡萄酒をあおる。見た目年齢10代前半の赤毛の魔女っ娘だ。
「珍獣と言うか猛獣ですよね。この黒ずくめの正装が悪目立ちしている気がします」
11の塔の魔女サラキアが帽子の角度を直しながら言う。長い銀髪の彼女は、見た目20代後半の貴婦人だ。
「あら、このカナッペ美味しいわ。ルミナも食べてみなさいよ」
軽食を摘まむのは、癒し系の金の巻き毛の12の塔の魔女ヴェスタ。彼女が勧めるのも聞こえないのか、13の塔のルミナはブツブツと呟いていた。
「無難なとことで『無病息災』か『家内安全』か……ウケ狙いで『床上手』とか意外と喜ばれるかも……子孫繁栄につながるし」
ルミナは、パーティー当日に至ってもまだ祝福を決めかねていた。このパーティーはルミナが塔の魔女となって初めての大舞台だ。気合が入っている。
ノーナが先輩として忠告する。
「こういう大舞台でウケ狙いはやめておけ~。スベったら大惨事だから」
「うう……せめてケレス様の祝福が分かれば……!ケレス様~」
ルミナは、9の塔のケレスを探して辺りを見回したが、彼女の姿は大広間のどこにもなかった。
「あれ?ケレス様、まだ会場入りしていない……?」
本日のパーティーの進行は、まず大広間に下位の貴族から入場し、立食形式で酒と軽食を摘まみながら歓談。最後に王と王妃が王女を連れて入場。王女のお披露目の後に魔女が祝福を与え、王妃と王女は退場。会場を移して晩餐会を始める、といった流れになる。
会場に貴族は全員集まっており、あとは王と王妃と王女の入場を待つだけの状態になっていた。
「あれ?そろそろ始まっちゃうよ。ケレス様どこかで事故にでもあったかな」
そうルミナが心配していると、パーティーの進行を担当する侍従が魔女たちのもとにやってきた。
「塔の魔女の皆様。そろそろ出番となります。玉座の近くに移動をお願いいたします」
そう言って魔女を案内しようとする侍従をルミナは呼び止めた。
「あの、1名まだ到着していないようですが……」
侍従は首を傾げた。
「皆様お揃いになっているかと思われますが……」
「9の塔のケレスがまだ来ておりません」
ルミナの言葉に、侍従は笑顔で答える。
「それならば問題ございません。ケレス様が塔の魔女に就任されて以来、城からは何度もパーティーへのご招待や仕事のご依頼のお手紙を差し上げましたが、一度として応じられたことはございません。無理にお誘いするのもご迷惑であろうと判断し、今回は招待状をお送りしておりません。このパーティーに招待したのは12名の魔女様のみ。全員お揃いになっております」
侍従の言葉に、12名の魔女は揃って青ざめた。
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