第4話 氷原に燃ゆるもの
二十一世紀。
冬のサハ共和国はなおも氷と闇の地であった。永久凍土の荒野が果てなく広がり、黒い針葉樹林は雪に軋み、風雪は獣の遠吠えのように鳴り響く。
モスクワから派遣された考古学調査隊は、氷原の奥に「古代サハの集落跡」を発見した。衛星写真に映った円形の影は、焚き火を絶やさなかった村の痕跡だと考えられた。
発掘で炭化した木材や獣骨が掘り出されると、若い研究者イリーナは歓喜の声を上げた。
「千年以上も残る焚き火の跡なんて……奇跡よ」
しかし、そのとき吹雪の向こうに、青白い光がふらふらと揺らめいた。
「狐火だ」
地元ガイドのセルゲイが蒼白になった。
「近づくな。あれは魂を喰う」
だが科学者のアンドレイは笑い飛ばした。
「ただのメタンガスだろう。永久凍土から漏れ出した自然発火だ」
彼は雪原に足を踏み入れた。青白い炎は遠のかず、むしろ彼を誘うように近づいてくる。
やがて彼は、焦げた獣骨の上に立っていた。
次の瞬間、炎が轟と膨らみ、狐の影が浮かび上がった。
焦げた毛皮、骨ばかりの姿――かつて火を盗んだ狐の残骸が、炎の中で目を開いた。
「神々から盗んだ火は、いまも呪われている……」
低い囁きが吹雪に混じったとき、アンドレイの姿は炎に呑まれて消えた。
残された者たちの前には、ただ青白い狐火が雪原を漂っていた。
調査隊は急ぎ撤退したが、それ以後も夜ごと基地の窓に狐火が現れた。
光は日に日に近づき、まるで犠牲を求めて歩み寄るかのように――。
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