第5話 呪火の継承

数ヶ月後、モスクワ。

イリーナは帰還後も狐火の幻影に悩まされていた。窓の外に青白い光が揺れ、眠れば焼け焦げた狐の声が耳元で囁いた。


「火を絶やすな……火を絶やすな……」


彼女は異様な衝動に駆られ、夜ごと蝋燭を灯し続けた。やがて部屋の壁は煤け、同僚は彼女を避けるようになった。


ある夜、停電が起きた。闇に包まれた研究所で、蝋燭の炎が一斉に揺れ、狐火の青に染まった。

その光の中、かつての狐の影が現れた。

「お前が継げ……」


次の瞬間、炎は彼女の胸に吸い込まれた。

イリーナの瞳は金色に燃え、声は狐の低い囁きと重なった。


それ以来、彼女は「狐火の守り手」となった。

夜ごとモスクワの街角に青白い炎が現れ、人々は不可解な失踪を恐れるようになった。


サハの氷原から盗まれた火は、いまや都市の闇で燃え広がっている。

狐火は絶えることなく、人間の魂を糧として生き続けるのだ。

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