第35話 メンコもカードゲーム
やってしまった。
徹は自分のミスを自覚する。
戦いは此方の方が有利だった筈だ。
メイドでありながら魔物を圧倒するシスに、暗殺者であるパレット。凡人ではあるものの、イロモノなアイテム達を行使する事が出来る徹。
しかし、玲は別だ。
幾らカードゲームを使って悪と戦う、ホビー系アニメの主人公だったとしても、こう言った荒事には不慣れな筈だ。
それを看破されてしまい、拘束されてしまった。
「クソっ! なんて卑怯な奴だ! 取引を一方的に破棄しただけでなく、まだ幼い子供を人質に取るなんて! 恥を知れ! 恥を!」
「そーだそーだ!」
徹とシスの抗議を、男は涼しい顔で受け流す。
「聞こえませんねぇ! そもそもの話、貴方達が無駄に抵抗せず大人しく死んでいれば、こんな事をする必要は無かったんですよぉ!」
「いや、私達死ぬじゃないですか。抵抗しますよ。当たり前じゃないですか」
意味の分からない理論武装に対して、シスは真顔で否定。
徹も賛同する。
「そうだ! 何を言ってるのか意味分からんぞ! 大体、やってる事がせこいんだよ! この小物風情が! アホ! バカ! カス! ゴミ! チキン! 虫けら! ハゲ!」
「私はハゲとらんわァ! 貴様、一体何処に目が付いてるんだ!? ア”ァ”!?」
ハゲという言葉を聞いた瞬間、烈火の如く怒り狂う男。
不味い。ハゲは禁句だったらしい。
『依頼主。私が狙撃を行おうか? 一応、私も攻撃には加わっていたが、向こうは私の存在には気付いていない筈だ』
「……いや、最悪の場合は玲君が怪我を負う可能性が高い。パレットは、周囲の邪魔が入らないか見ていて欲しい」
『了解した』
なんとかしなければならない。
理想としては、一気に三人を片付けたい。
しかし、シス達では3人を片付けるのは難しく、徹が持つアイテムでは確定で玲を巻き添えにしてしまう。
(いや、こういう時だからこそ、ガチャを引くべきじゃ無いのか?)
危機的な状況。
頼れるものはガチャ1つだけ。
引ける。
この状況を覆す事が出来る、素晴らしいアイテムを。
「そうさ。俺の運の良さは無量大数だ!」
来い! 素晴らしきアイテムよ!
・かつら
装着者の脳波を読み取る事によって、髪型、髪の色、髪の長さなどを自由に変更する事が可能となっている。
練習を重ねれば、髪の毛一本一本を操る事も出来る。
「んなもん、使えるかぁ!」
今回は幸運の女神は徹に微笑まなかったらしい。
いいや、違う。何時もだ。
現れたのはかつら。
何処からどう見ても勘違いする事のない。
紛うことなきかつらだ。
徹はかつらを鷲掴みにして、思い切りぶん投げる。
方向など意識していなかった。
しかし、ぶん投げたかつらは玲と男達の方へ。
視線がかつらへと集まる。
一体、彼らが何を思ったのか分からない。
が、思考に僅かな空白が生じる。
その隙をついて、玲は黒服の拘束から逃れる。力技で。
「は?」
子供が、自身の身の丈の倍はある大人を圧倒する。
余りにも現実離れした光景に、一瞬脳が理解を拒む。
「俺はずっと、自分が情けなかった」
玲は片方の黒服の腕を両手で掴み、回転する。次第に勢いは増す。
本来であれば、再び玲を捕まえるべきだったもう片方の黒服は、しかし目の前の光景に圧倒されて身動きが取れなかった。
玲がタイミングよく手を離すと、黒服は弾丸のように飛ぶ。もう一方の黒服を巻き込む。ついでに、遠巻きに見ていた黒服達も巻き込んで。
「自分でやった事の責任を取りたい。そう思ってやってきたのに、また皆の重荷になってた。本当に情けない。名誉挽回したかったのに、また皆に迷惑をかけた。だから、お前。お前は、俺の手で絶対に倒す! そうじゃ無ければ、俺は皆の仲間を名乗る事なんて出来ないんだ!」
指を突き付けて、男に対して宣戦布告する玲。
玲の言葉に対して、激昂する男。
「舐めるなよ! ガキが! 私の部下を倒した事で良い気になっているのかもしれないが、私はアイツらよりも強いんだ! 巨大な土塊の下敷きとなって、押し潰されろ!」
男が叫ぶと同時に、巨大な――玲よりも2回りは大きい――土塊が玲の頭上に出現する。玲目掛けて落下する。が、玲は両手で巨大な土塊を受け止める。
「へ?」
「よい、しょっと!」
やや気の抜けた掛け声と共に、受け止めた巨大な土塊を男に向かってぶん投げる。
「うひぃっ!?」と情けない声を上げながら、男は何とか回避。
「全くもって生ぬるいぜ。こんなもん、バーニング師匠との特訓に比べればな! そして、もうお前の好きにはさせねぇ! ここからは俺のターンだ!」
玲が叫ぶと同時に、眩い光が周囲を包み込む。
余りの眩しさに目を閉じ、目を開くとそこは見知らぬ場所だった。
徹達がいたのは、ローマのコロッセオを彷彿とさせる闘技場。徹達は、石造りの観客席に座っているが、玲と男は闘技場の中心にて佇んでいた。
「これは玲のスキル『1on1』か」
一対一の状況を作り出す、というスキルだったがどうやらそれ以外は観客席に移されるらしい。中々に強力なスキルだ。
観客席に座る黒服達はなんとか男の下へ向かおうとしているが、見えざる壁が行く手を阻んでいる。
徹達はあくまでも観客。
中央にて佇む、選手である2人の邪魔をする事は出来ない。
出来る事は、精々歓声を送る程度だろう。
「これが玲君のスキルですか。私が持つスキルとは種類が異なってますね。中々に興味深いですが……コレから何をするのでしょうか?」
物珍しそうに、周囲をキョロキョロと見回すシス。
「それは勿論、何かしらの勝負事だろ? 玲君はカードゲームを嗜んでいる訳だし、カードゲームの勝負になる筈だ」
この状態から解放されるには、どちらかの勝利が必須。
只、どのようなカードゲームが展開されるのか分からない。が、玲君は熟練のカードバトラーに対して、男はカードゲーム等に触れて来なかった初心者。
どちらが勝つかなんて明白だ。
「ルールの説明をするぜ! とは言っても、難しい事はなにも無いぜ! おっさん、メンコっていうゲームは知ってるか?」
「……うん?」
無知な初心者を甚振る趣味は無いのか、丁寧にルールを説明する玲。
総評からいって、確かにメンコだった。
昔の遊びであるメンコとは異なり、近代的でカードゲームらしいルールではあるものの、まんまメンコだった。
「これ、ワンチャンアイツでも勝てるんじゃね?」
徹の予想通り、勝負は拮抗した。
一度は玲が優勢になるも、次第に男の勢いは増していき、一時は男が勝利してしまうのではないか? という展開になった。
「クッ。このおっさん。……まさか、あの時のアイツと同じ!?」と玲は驚いていたが、初心者にボコボコにされる熟練者とは、果たしていかがなものなのだろうか? と思わなくはない。まあ、カードゲームの内容がメンコという、本人の腕力が物をいうゲームシステムに加えて、玲自身の調子も余り宜しくは無さそうだった為、仕方がないといえば仕方が無かったのかもしれない。
危機的な状況。その時ふと、徹は以前自身が手に入れたアイテム「灼熱の炎帝・ボージャックヘルカイザー」の存在を思い出す。
使い道が全くないカードだが、もしかすると玲であれば上手く扱う事が出来るのではないか? そう思い、彼に渡してみる事に。
予想は的中。
新たなカードを手に入れた事によって、次第に玲が盛り返していく。そして、見事勝利を手にしたのだった。
「この勝負、俺の勝ちだ!」
玲が灼熱の炎帝・ボージャックヘルカイザーを天空に掲げ、ガッツポーズ。
次第に周囲の景色の輪郭が曖昧になっていく。
気付けば、徹達は元の場所に戻っていた。
戸惑う黒服達。
玲の目の前には、項垂れるようにして膝を付く男の姿が。
「……もう、潮時か。全くもって、情けない。高々、無駄に金を持っているだけの平民と思い、罠に嵌めようとしてこの様だ。……いいや、今まで悪事を働いてきた私を、神が見放したのかもしれない」
「おっさん。あんたは確かに悪い奴だ。正直、俺や俺の仲間達にしようとした事は許せないし、許したくはない。でも、おっさん。アンタは生きてる。まだ、終わっちゃいない。だったら、やり直せるよ。今、この瞬間からでも」
項垂れる男に手を差し伸べる玲。
男は驚いたように目を見開く。そして、玲が差し出してくれた手を取るのだった。
「ああ、そうだな。そうだ。当たり前の事じゃないか。失敗に終わった所で、私は何も終わっていない。やり直せば良い。……只、それだけの事だったんだ」
憑き物が取れたように、穏やかな笑みを浮かべる男。
玲も快活な笑みを浮かべ、部下である黒服達も笑う。
そんな様子を、遠巻きに眺めていた徹。
「なんだ? これ?」
不可思議すぎる光景に、ただただ困惑するのだった。
33日目。
結局、取引は失敗に終わってしまった。
その上、騒ぎを聞きつけて大量の騎士が出動する始末に。
徹達は慌てて逃げ出したが、男達は逃げるような素振りは見せなかった。恐らくは騎士に捕まり、罪を償うつもりなのだろう。
そこに関してはどうでも良いが、せめてまとまった金は欲しかった。
取引は無駄になったのだから、徹達がとれる選択肢は実質1つ。
真面目に働いて返済する。
ではあるのだが、駆け出し冒険者用の依頼を達成する、というモチベーションはかなり低かった。
依頼を達成する事じたいは難しくない。しかし、少しでも生活費の足しにと狩っていた弱い魔物は姿を消し、代わりにグリーンリーパーを始めとする凶悪な魔物が増え始めているのだ。
倒す事が出来れば、高額な魔石が手に入るチャンスなのかもしれないが、仲間の誰かが死んでしまうリスクもある。
それを承知で挑む、という事は出来なかった。
なので、徹達が手に入れる事が出来るのは依頼の報酬のみ。報酬のみでは生活費の足しにならない所か、返済の資金に宛てる事も出来ない為、モチベーションは右肩下がり。
不毛だとは思っていても、楽して稼げる方法を模索してしまう。
「クソっ。現代知識で無双ってのは異世界でのお約束なのに、俺が考えるような物は全部あるからな。……俺以外にも、異世界から召喚された奴らは沢山いるんだろうな」
うじうじ悩んでいても仕方がない。
何時もの日課である、溜まっている依頼を消化していこう。
カウンターにいる受付嬢に話しかけると、驚くべきことを話した。
「溜まっている依頼を消化してくれるのは此方としても大変有難いんですけど、皆さんって普通の依頼は受けないんですか? 皆さんの功績度や達成した依頼の数的に、ランク1から2を通り越して3に上がっていると思うんですけど」
え? 階級上がった!?
ガチャ×異世界=混沌 ロドリゲウス666 @rodorigeusu
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