第34話 予想通りの展開
徹の懸念とは裏腹に、取引自体はつつがなく終わる。
晴れて、徹達は莫大な金を得る事ができ、800万ガレアを稼がなければいけないという難題をクリアする事ができる――と言う訳には行かなかった。
取引相手である男が指を鳴らす。
気付けば、男の背後に佇んでいた部下らしき集団が徹達の周囲を囲んでいた。一体、何処に隠し持っていたのか、その手には武器が握られている。
「これは……! 一体、どういう事ですか!」
「どうしたもこうしたも、見ての通りでしょう? 大した物じゃ無ければ、私としても捨て置いて良かったのですが……これはいけない! こんなにも価値ある物を持って来てしまえば、何がなんでも欲しくなってしまいますよねぇ! いえ、以前話を聞いた時からもしかすると? とは思っていましたが」
結果がどうなったかなんて、聞かなくても分かる。
交渉は決裂。
しかも、向こうが一方的に。
「おい! どういう事だよ! そっちは、俺達が持ってる物を買い取ってくれるって言う話だったじゃ無いか! どうして実力行使に出るんだよ!」
状況は極めて不味い。
予想していなかった訳ではない為、ある程度の備えはあったが、それでもあれだけの数が一斉に襲い掛かって来るのは不味い。
時間稼ぎも兼ねて、徹が半ば叫ぶように抗議する。
「ええ、勿論。これは取引のつもりでした。貴方達が私の取引相手に相応しい人物であれば……ね? ハッキリといって、貴方達のような貧乏人とこの私が取引なんて烏滸がましいにも程があるでしょう!? ましてや、持って来たのは貴方達には不釣り合いな素晴らしい物! であれば、私達に譲るのが当然というもの!」
サードの人物評は実に正しかった。
問題があるとすれば、取引相手は徹達を舐め腐っているという点。
「畜生! シス! どう考えても失敗じゃねぇか! 寧ろ、こんな奴相手にして、どうしてイケるって思ったんだよ!」
「……あれ? おかしいですね。何故か、例えどんな事が起きたとしても絶対に成功出来るっている自信があった筈なのですが……」
「それ、多分お前が持ってる『スキル』のせいだ! 『ドジっ娘』! お前、マジで厄介過ぎるスキルだろ! クソが!」
今までは、こけたり、料理に失敗したり、些細な失敗が巡り巡って大きなアクシデントを引き起こすという方向性だったが、精神的な面でも『ドジっ娘』は作用するらしい。
もしもスキルを取り除ける手段が判明したら、いの一番に取り除きたい。
「残念なのは、ついでにシスさんも含めた可愛らしい3人の姉妹も頂いておきたかった所ですが、まあ欲張りは良くありません。今回は、貴方達が持って来た品と、シスさんのみで我慢すると致しましょう。グヒヒヒヒ」
「十分欲張りだろうがァ! お代も支払わずに、商品だけ持っていこうとするなんて、一体どういう教育受けて来たんだよ! くたばりやがれぇ!」
罵倒しながらも、周囲をグルリと見回して冷静に分析。
部下の数は多いがそれだけ。
武器を手に持ってはいるが、魔物と比べれば脅威度は下がる。
「おや。なんという口の聞き方。やはり、程度が知れるというもの。おい、アレに格の違いというものを見せつけてあげなさい」
取引相手である男が、背後にいる部下に声をかける。
頷き、前に出る数名の部下。
嫌な予感がした。
掌を突き出し、なにか呪文のような物を呟き始める。
「ッ! まさか! ……全員、何処か遮蔽物に隠れろ!」
具体的な制限時間がどれくらいなのか分からない。
幸いにも、遮蔽物となる建物は存在している。
戸惑い、固まっている玲を優しく抱きかかえ、シスと共に適当な建物に避難する。
建物に身を隠す。
と同時に、出鱈目な奇跡が行使された。
放たれるのは、火球、水弾、風刃、土塊の4つ。
見てくれは小さい。しかし、破壊力は凄まじい。徹達が身を潜めていた廃墟同然の建物などあっという間に破壊する。
「ふ、ざけんな! ここで魔法かよ! 異世界といったら魔法ってお約束はあるが、こんな所で目にしたくなかったわ! もっと、こう、良い雰囲気で見たかったわ!」
「ご主人様。アレは魔法ではなく、魔術らしいですよ。魔法という名の奇跡を、理論的に再現したものが魔術らしいです」
「へー。そうなんだ……って、今は解説を聞いてる場合じゃねぇ! アイツら、また魔術を発動しようとしてやがる」
強力な攻撃を繰り出した後は、クールタイムが存在するのがお約束。
にも関わらず、魔術を行使した黒服達は再び魔術を行使しようとしている。
恐らくは、先程よりも威力を上げて。
完全に徹達を仕留める為に。
「だったら、その前に仕留めれば良い。パレット! 頼む! ……あ、でも殺すとかは無しで! ……いける? いけなかったら……まあ、仕方がない!」
『問題はない。私は暗殺者だが、その手の依頼も請け負っている。そして、私は実弾が不足しているという話だったが、幸いにもその手の依頼に必要な銃弾は所持したままだ。尤も、当たり所が悪いと死んでしまうが、そこは容赦して欲しい』
「分かった。頼む」
徹が許可を出した瞬間、どこからともなく銃声が聞こえて来る。
魔術を行使しようとしていた内の1人が、突然倒れる。
予想外の事態。
共に、魔術を行使しようとしていた黒服達は取り乱す。そして、1人、また1人と黒服は倒れ、地面の冷たさを噛みしめる事になる。
「な、なんだ!? 一体、何が起こったんだ!?」
まさか反撃を食らうと思っていなかったのか、取引相手の男は余裕のある態度から一転。やかましく喚き始める。
大きな隙だ。
「今だ! 全員行け! ゴー! ゴー!」
その隙を見逃すことなく、徹達も攻撃を行う。
数は膨大。
3人に対して、向こうはその数倍はいる。
馬鹿正直に正面から戦うのは難しい。
「だから取り敢えず数を減らすとしよう」
「ご主人様? 一体、何をするつもりなんですか? って、うげっ!?」
徹が取り出したアイテムをみて、はしたない声を漏らすシス。
それもその筈、徹が取り出したのは「呪われた絵」。
一見すれば、キャンパス一面に黒いグチャグチャの線が塗りたくられた、子供の落書きのように思える。
しかし、黒い線は絶えず動き回り続けており、見る者に対して尋常ではない精神的なダメージを負わせるという曰く付き。
少し見るだけなら問題ないが、ジッと見つめ続ければかなりのダメージを与える事が出来る。
「お前ら! 絶対、この絵を見るんじゃないぞ! おらぁ! 食らぇ! 呪われた絵アタック!」
開戦の火蓋は切られ、武器を手に襲い掛かって来る黒服達。
だからこそ、注目してしまう。
敵が持っている、得体のしれない物に――見る物に災いを齎す、呪われた絵に。
「ガッ!?」「ギャッ!」「グェッ!?」「ウゲェッ!」「おロロロロロロロ!」
被害は甚大。
呪われた絵を見た者が一斉にノックアウト。
しかし、思っていたよりも被害は少ない。恐らく、何かヤバイと鼻の効く者達が多かったのだろう。
だが、こういった状況を想定していない訳ではない。
「ハッ! 甘いな! まさか、お前らに見て貰うだけが攻撃手段とでも思っているのか! おらぁ! 食らえ! 呪われた絵フリスビーだ!」
呪われた絵を、手首のスナップを利かせて放つ。
クルクルと回転しつつ、黒服の手段へと迫る呪われた絵。
「ギャーッ! あの野郎! あんなヤバそうなもん、何の躊躇いもなくぶん投げて来やがった! ひでぇ! 人としての良心はないのか!? うわぁ! 見ちまったァァァァァァァ! グェッ!?」
「だが、奴はアレを手放した! つまり、奴はもう丸腰だ! くたばれぇ! 今まで好き勝手してくれた報いを受けろ!」
黒服達の判断は正しい。
呪われた絵を失ったという事は、徹は優秀な矛と盾を失ってしまったに過ぎない。
だが、突撃するという判断は誤りに近い。
優秀な矛と盾を失ったとしても、武器はまだまだあるのだから。
時間停止時計を使い、5秒間だけ時を止める。
その間に、襲い掛かってきた黒服達の死角へ移動。
時が再び動きだした瞬間、スタンガンを使って昏倒。捌き切れなかった黒服達は、爆音ラッパを吹いて牽制。
余りの喧しさに、互いに悶絶しつつも何とか撃退。
「他も、上手くやってるか」
シスは当然として、パレットも獅子奮迅の活躍を見せる。
元々この場に来ていない為、遠距離からの狙撃で敵を撃退しつつ、攪乱してくれている。
因みに、彼女が持つスキルは『念話』『遠視』『隠密』の3つだ。念話は、自身と接触した対象と頭の中で会話をする事が出来る、というスキル。徹の繋がりも含めて、合計5人と会話を行う事が可能。
距離による制限もない。
因みに、徹と『念話』が可能となっているのは所謂初回特典であり、彼女の連絡先は徹以外に存在していない。未だ、誰を連絡先にするべきか? と悩んでいるのか。或いは、そう言った話を切り出す事が出来なかったのか。
全ては謎だ。
『遠視』は文字通り、遠くを見通す事が可能。元々視力が良かった為、スキルを行使する事によって更に遠くを見ることが出来るようになった。
しかも、遠くを見通すのみではなく、暗闇もハッキリ見る事が出来る暗視の効果も付与されている為、中々に強力なスキルだ。
最後は『隠密』。以前、徹がパレットに直接会いに行った際、世話になったスキルだ。このスキルは自身の気配を限りなく0にする事が出来、対象に自身の存在を気付かれないようにするという効果を持つ。
おまけに、自身に触れた対象にも『隠密』は適用される。暗殺者である彼女向けのスキルといえるだろう。
黒服達の数はどんどん減っていき、取引相手の男は追い詰められていく。
しかし、男には余裕があった。
自分の勝利を確信している、ある種の余裕が。
「全員、動くな! 動けば、貴方達の仲間がどうなってしまうか分かりませんよぉ!」
男の直ぐ傍には、2人の黒服が。
そして、2人の黒服に拘束された玲の姿があった。
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