診るべきもの、診えぬもの

 神々廻ししばの中で最も機械技術が発展し、街のあらゆるものが機械で設計されている、『メカニカルタウン』。

 ゲートを潜れば、至る所に無機質な建物が整然と並んでいるのが見え、蒸気をエネルギーに走る乗り物が甲高い汽笛を鳴らして通りを抜けている。その他にも、獣人じゅうじんたちが互いに発明した物を自慢しようと活気に溢れた声、欲しいものを手に入れようと値切りに勤しむ市場といったものもある。

 マコが向かったのはタウン随一の技術力を誇る、ハルモギアラボと呼ばれる施設であった。所長である黒猫の獣人、ルナ・ハルモとは長年の付き合いで、度々呼び出されることがある。

 そんな彼女からの連絡に、マコは違和感を覚えていた。

 通常であれば、「見てほしい」と書くはずのメッセージが「診てほしい」となっていたこと。ひょっとすると、あれは変換ミスではないかと疑ったマコだが、本人に会えば分かるだろうと、目の前にそびえ立つ建物を見上げた。

 センサーを介して自動ドアが開かれ、マコはラボの中へと入って行った。彼は長い廊下を抜け、「所長室」と書かれた部屋の前に立つと、扉を数回叩いてから開けた。

「ルナ、来たぞ──」

「遅い‼」

 開口一番、ルナの怒声が飛んでくる。彼女は黒い尻尾を逆立てていた。

 あまりの剣幕に、マコはたじろぎながら「悪かったって……」と謝罪を述べた。

「それで……早速聞きたいんだが、あのメッセージって変換ミスか?」

「違うわよ、ホントにの」

 そう言ってルナは端末をマコへと渡した。……端末には獣人によく似ているものの、どこか無機質さを感じさせる、青年の姿が映っていた。

「三日前、資材売り場のエリアに用があって出かけたのよ。その帰り道に、路地裏で四人のアニマヒューマノイドが倒れてたのを見つけたから、回収したの」

「アニマヒューマノイド……?」

 聞き慣れない単語を耳にして困惑したマコは、ルナの言葉を復唱した。それに対してルナは、彼に「獣人をモデルにした機械人形の名称よ」と情報を簡潔に伝えた。

「……それで?」とマコは端末を眺めたまま、ルナに続きを促す。

「リチャージをして、起動した一人が妙なことを呟いているのよ。バグがあるとか何とかって。最初は、あんたのお姉さんに相談しようかと考えていたんだけど……医者としての観点もほしくてさ」

「あんた、さとりっていう妖怪みたいに、他人の心が読めたでしょう?」

 ルナの指摘に、マコは漸く端末から顔を上げた。

「……確かに読めるが……前提として、機械に心がないと無理だぞ?」

「でも、あんたの力って思考の読み取りだけじゃないわよね」

 ルナは端末を持っているマコの手を見つめた。

「ただ内なる感情を読み取るだけなら、覚にも出来る芸当……でも、あんたの場合はもっと深く踏み込める。例えば……心の奥底に封じられた記憶とかね」

「……」

 マコは再び端末へ視線を戻した。

 ルナの言うことは的を射ていた。自分の力はただの表層的な読心だけでなく、対象が無意識に隠している記憶や感情にも触れられるというもの。しかしそれは、にしか通用しない。仮に対象の機械人形に心があったとしても――……それは魂に刻まれているものなのか、それとも蓄積されたデータによるものかで、話も変わってくる。

「こればかりは試してみないと分からないな」

 ルナはそう告げたマコから端末を取り上げ、「とりあえず会ってみて。案内するから」と言った。

「分かったよ……」

 マコは頷いてからルナの後を追った。


 ……部屋の前には、スタッフボットが警備兵のように立っていた。ルナがそのスタッフボットに声を掛けると、スタッフボットは一礼してから、扉の前から離れていった。

 開かれた扉の外から、少しだけ部屋の様子を窺うと、「……誰だ?」と警戒を孕んだ声がマコの耳に届いた。

「……!」

 クマの獣人の姿自体は見慣れたものである。だが、ベッドの上で読書をしていた青年の耳には、柔らかさを感じられず、むしろ機械特有の冷たさが際立っていた。

(あれが……アニマヒューマノイド……)

 マコは息を呑んでいたが、すぐに深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから、部屋へ足を踏み入れた。

「初めまして、俺は六道マコ。半妖はんようの精神科医だ」

「ハン、ヨウ……?」

 首を傾げるアニマヒューマノイドに対し、マコは自身の首元から見える鱗を指しながら自己紹介を続けた。

「蛇の鱗があるの、分かるかな? 見た目は獣人なんだけど……妖怪の血が混じっていてね。変わった力を持ってるんだ」

「試しにキミが思っていることを当ててみようか」とマコは桔梗色の目にアニマヒューマノイドを映した。

「……『そういえばルナが心の読める精神科医だと言っていたな、本当にそんなこと出来るのか』……」

 アニマヒューマノイドは目を丸くさせて、マコを見た。

 マコは続けざまに言う。

「出来るのさ、これが。まぁ……俺のことはこれくらいにしておいて、キミの名前を教えてもらってもいいか?」

「……私は、フレディ」

 名を名乗るフレディの声はしっかりとしている。マコがルナに視線を送ると、彼女は渋い顔をしていた。

「――キミなら、彼女にも直せなかった私のを直してくれるのか?」

「それは……まだ分からない。だから、キミの言うバグが何なのかを教えてもらえると助かる」

「……分かった」

 フレディが語る内容は、マコにとって興味深いものだった。プログラムの設定上、自分の意志で外に出ることができないのに、気がついたときにはここに保護されていたこと。そしてメモリー内に、獣人でもない知らないの記録が刻まれていること。

「……オイルとは違う、赤い液体が垂れていた気がする」

 それを聞いたマコは眉を顰めた。

「その記録を見せてもらうことは?」

 マコが尋ねると、フレディは困惑した様子でルナを見ていた。

「……再起動前にこっちで確認したわ。でもそんなデータは、何処にもなかった」

「そうか。でも、それがフレディにとってバグなんだな?」

 マコの質問にフレディは小さく頷いた。その様子を見て、暫く考えた末にマコは彼に手を差し出す。

「……? 何を……」

「俺の診察は特殊でね。さっきみたいに目を合わせて心を読む他に、手を繋ぐことで、キミの心の奥にまで潜り込めるんだ」

「フレディ、ものは試しでやってみたらどう?」

 迷っていたフレディだったが、「よろしく頼む」とマコの手を握り返した。

 しかし次の瞬間――バチッと静電気が爆ぜるような音と共に二人の手が弾かれる。

「……成程」とマコは小さな声で呟いてから、フレディの身を案じた。

「私の方は大丈夫だ……マコは?」

「問題無いよ」

 二人の様子を見ていたルナがマコの肩をグッと引いて「どういうことよ」と囁き尋ねる。

「拒絶されたのさ。今はまだ、心の奥まで覗くことは許されてないってこと。こういうのはよくある」

「ただ……」とマコは続けざまにルナへ囁き返す。

「機械にもそれが適応されるとは思わなかった。彼自身のセキュリティ? とかが働いてる感じでもない……」

「何よそれ……」

 ルナと同様に困惑していたマコだったが、動揺を悟られぬよう、「どうしたもんかね……」と目を逸らした。

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