プログラム外の記憶

人馬宮マサ

ノイズの向こう側

 急雨に見舞われたフレディは、家族を連れての外出にひどく後悔した。自然というものは、抗いようのないものだというのを頭では理解している。だが彼は、そんな理由で外出を後悔していたわけではなかった。

 水への耐性を持ち合わせているというのに、フレディは雨の日をどうしても好きになれなかったのだ。雨は冷たくて、寂しい気持ちにさせる……寂しいという感情はプログラムされていないはずなのに。

 残りのエネルギーで、先に動けなくなってしまった弟や妹たちをできるだけ雨に濡らさぬよう、屋根の付いた建物の下へと運ぶ。小さな屋根であったため、自身が雨宿りできるスペースはなかったが、家族が雨に晒される心配はない。

 家族さえ無事なら、自分の機能が停止しても構わない……フレディはそう強く感じていた。

 安堵の息をついた直後、雨がさらに激しく降り始め、フレディの視界は霞み始めた。その拍子によろけてしまい、彼は近くのゴミ捨て場に身体を強く打ち付ける。……この程度の衝撃で壊れる恐れはないが、あまりにも衝撃が強すぎたのか、彼の脳裏に何かの記録映像が流れ始めた。

 それは、鉄砲雨の中を青年がを流して走っているという、何とも奇妙なものであった。

 青年は濡れたアスファルトに足を取られたのか、強く転倒して、動けずにいた。……いや、動こうにも体力が限界だったのだろう。

 そんな青年の背後で、水の跳ねる音と、荒い息遣いが聞こえた。青年は恐る恐る振り返る。そこには黒いレインコートを羽織った何者かが、鈍く輝く物を持って青年を見下ろしていた。

 フレディはその鈍く輝く物を認識しようと目を凝らしたが、映像が乱れ――視界は闇へと沈み、最後に聞こえたのは、断続的なノイズ音だけであった。


 ピッ、ピッ……と単調な電子音が鳴り響き、六道ろくどうマコは目を覚ました。枕元では端末がアラームを鳴らし続けている。

「……寝すぎた」と呟いたマコは、障子の隙間から差し込んでくる光に目を細めた。

 手探りで端末を探し、端末の画面を点ける。時刻は昼時を指していた。日頃の疲れを少しでも取り除こうと、朝食後に二度寝をしたのが失敗だった。そうマコは後悔した。

 マコが端末に表示されていた通知を確認していると、友人のルナから大量にメッセージが送られてきているのに気づいた。試しに一件開いてみると、「診てほしいのがあるからラボに来てほしい」とだけ書かれてある。

「あいつまた発明したのか……?」

 次いで別のものを開いてみれば、返信が来ないことに苛立ち始めたのか、今の時間に近いメッセージほど「早く来い」と最早脅迫文に変化を遂げていた。

「……これは……行かないとまずいな……」

 マコの脳裏に、ルナの怒りに満ちた表情がよぎったが、彼はすぐに頭を振ってそれをかき消した。そして大慌てで布団を畳み、姿見の前で身だしなみを整え始める。

「……よし。後は念の為……」

 マコはクローゼットに仕舞っていた白衣と鞄を持って、部屋を飛び出した。

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