錯綜する記憶と回路

 心の奥を覗き見ることが許されていない以上、時間をかけて信頼を得るしか無い。何か良い話題は無いものかとマコが腕を組んで考え始めた矢先、扉が勢いよく開かれた。

「フレディ、元気になった⁉」

 はつらつとした声と共に黒髪の少女が飛び込んできた。次いで「メアリー! 勝手に入るなって!」と赤毛の少年が少女を捕まえる。

「ルナさん、すみません……」

 最後に現れた薄紫の髪を持つ青年は、部屋の手前で申し訳なさそうにルナへ頭を下げていた。彼が頭を下げるのに合わせて、ウサギによく似た長耳が垂れ下がっている。

「……フレディの知り合い?」

「あぁ。シマエナガ型のメアリー、キツネ型のバレッタ、そしてウサギ型のフォルテ……私の弟と妹だ」

 全員獣人じゅうじんのように精巧な身体をしているものの……瞬きの仕方や関節の動きといった仕草が、やはりどこか無機質さを感じさせる違和感があった。

「へぇ……」

 マコが感心しつつ彼らを観察していると、不意に白衣の裾を引かれた。

「お兄さんだぁれ?」

 メアリーの純粋な問いに、マコはしゃがみ込んで、彼女と視線を合わせてから答えた。

「俺はマコ。よろしくな」

「もしかして、ルナさんが言ってたお医者さんか?」

 バレッタからの問いに頷き返すと、メアリーが食い気味に言った。

「フレディのこと、治せる?」

「!」

 ルナですら手に負えなかった問題を自分が解決できるのか……。それはマコにとって、重い質問だった。

 マコはさりげなく、メアリーと目を合わせた。

(会ったばかりなのに、信頼してくれてるみたいだ……)

「マコ?」

 メアリーの思考を読んだマコは、「治してみせるよ」と笑って返した。

「約束ね!」とメアリーから突き出された小さな指に、マコは「あぁ、約束」と自身の指を絡め返した。

 互いの指が離れたと同時に、ルナが軽く咳払いをし、場の空気を引き締める。

「皆も再起動したばかりなんだから、ムチャしちゃ駄目よ。フレディのことはマコに任せて、そろそろお部屋に戻りなさい」

 それを聞いたフォルテとパレッタは、気まずそうに視線を交わす。

「そうだよね……ゴメン、フレディ。二人とも、部屋に戻ろう」

 フォルテの言葉にメアリーが「でも……!」と口を開いた。しかしパレッタが彼女を抱きかかえ、そっと宥める。

「フレディも疲れてるだろうから、ちゃんと休ませてやらないと。な?」

 メアリーは名残惜しそうな表情を浮かべつつも、「わかった……」と渋々頷いた。

「――マコさん」

 フォルテは真剣な眼差しでマコを見た。

「フレディのこと……よろしくお願いします」

 フォルテが頭を下げるのに習って、パレッタも慌てて頭を下げた。

「……任せてくれ」

「それじゃ、任せたわよ」

 フォルテたちと共に、ルナも一言添えてから部屋を出て行った。

 扉が閉まると部屋に静寂が訪れる。

 フレディは深く息を吐いて、ベッドの上で体勢を僅かに整えていた。

「大丈夫?」

「あぁ……あの子たちは元気すぎるから……マコの方こそ、疲れていないか?」

「全然。元気があっていいじゃないか」

 マコは笑いながら近くにあった椅子を引き寄せ、フレディの隣に腰を下ろした。

「……さっきの診察方法をもう一度試すのか?」

「いや、今日はその診察はもうしないよ。その代わりになんだが──……」

 マコは懐から手帳とペンを取り出し、「キミのことや、フォルテたちのことをもっと教えてほしい」と言った。

「私たちのことを……?」

「恥ずかしいことに、俺は機械系統に疎くてさ。キミみたいな種族とは初めて交流するんだ。だから色々と教えてもらえると嬉しい」

「フレディも、何か俺のことで聞きたいことがあったら遠慮なく聞いてくれ」

 フレディも他種族との交流の機会は少ないのか、口元に手を当て、何を聞こうか考えているようだった。

「……?」

 考え込むフレディの首元に何かが刻まれているのに気づいたマコは目を凝らした。

「数字……? フレディ、ちょっと首元を見せてもらってもいいかな」

 マコからの突然の頼みに少々戸惑いを見せつつもフレディは頷いた。

 椅子から軽く腰を上げ、フレディの首元をマコは慎重に覗き込む。

「――二一八五……?」

 その数字を読み上げた瞬間、マコは鳥肌が立つような感覚に襲われた。

「……フレディ、その……この数字って、キミが造られた年のことか?」

「そうだが……」

 マコは額に手を当てた。

 二一八五――つまり、現在の二十三世紀よりも前の年。

「今は二二九十年だから……百年くらい前か。それでもキミの身体に劣化は見られない。どんな技術者がキミやフォルテたちを作ったっていうんだ……」

「父さんのことか?」

 尋ね返したフレディは欣然とした様子だった。

「……あぁ。よければキミらの父さんについて教えてもらえないか?」

「もちろんだ。私たちを作ってくれた父さんは、優しいヒトでな……表情は固いんだが、いつだって私たちを第一に考えてくれているんだ」

 フレディが語る中、マコは手帳にそれらを書き留めていた。

「父さんが言うには、私たちはだから……外にあまり出てはいけないとも……」

「どういうところが特別だとか、教えてもらったことはある?」

「ない……」

 マコはペンを動かしていた手を止めた。

「その辺、気になったりはする? どうして教えてもらえないんだろうって」

 その問いにフレディの瞳が揺れた。

「気にはなる……けど、あのヒトはいつも教えてくれなくて……」

「フレディ?」

「だから……こっそり、の地下を覗いたんだ。その時、は……」

 先程まで饒舌だったフレディの言葉が詰まっていき、独り言のようになっていく。

「……違う、私たちの開発者が父さんだ」

 機械的で抑揚の無い声。マコは咄嗟に手帳を仕舞い、フレディの肩を掴んだ。

「フレディ!」

 目が合った。しかしフレディの思考は読めない。

「血の繋がったヒトがいたかも分からない。僕の……家族……?」

 無機質さとどこか若々しさのある声が混ざっている。

「寒い……痛いよ……母さん……」

「――えっ?」

 マコが聞き返すよりも早く、フレディの身体からプツンと何かが切れるような音が鳴る方が早かった。

 くたりとフレディから全身の力が抜けたのを感じ、マコは慌てて彼をベッドの背にもたれかけさせた。

「……もしかして、シャットダウンってやつか?」

 フレディの肩から手を離し、僅かに距離を取って彼の様子を静観する。

 規則的な呼吸音。どうやら眠っているだけらしいが……あまりにも生身の獣人に近い寝息。緩やかに動く胸元など、機械人形だということを忘れてしまいそうなほどに自然すぎる。造りが精巧という理由だけで片付けて良いものか。

「……」

 更に意識を失うまでのフレディの反応……あれは身体が処理に追いつかなかったというより、防衛反応に近いものだった。

「……ルナの専門分野以外の何かが噛み合ってるな、これは」

 ボソリと呟いて部屋から出たマコはすぐに端末を懐から取り出し、歩きながらルナへ「フレディがシャットダウンした。気になることもあるから話がしたい」とメッセージを打ち込み始めた。

 カツカツと指が端末に強く当たっていることに気づき、マコは眉を顰める。

「俺が取り乱してどうする……」

 マコは深く息を吐き、所長室へと急いだ。

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