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 ──フレアエルド戦記。


 ジャック・リンカーが──二十一世紀生まれの日本人だった頃に遊んだシミュレーションRPGのタイトル。

 戦略ステトラジーゲームとも呼ばれるジャンルで、内容は舞台となる架空世界の大陸に存在する様々な国家からプレイヤーが操る陣営を選び、戦争や謀略などを駆使して大陸統一を目指すというテンプレートありがちなもの。


 ジャンル内においては真新しい要素こそ薄かったものの、奇をてらわずセオリーに忠実だったゲーム性は「こういうのでいいんだよ」と一定の評価を得ており、ファンタジー色の強い世界観と美麗なグラフィックで描かれた各国のキャラクターたちが織り成す豊富なイベントと、複雑な機能を一部簡略化させた初心者向け難易度の実装によってライト層の引き込みにも成功した、そこそこの人気作。

 シリーズ化もされており、ジャックの前世が知る限りでは五つのタイトルが世に出ている。


 ──そしてシャイアは、その中でも二作目にあたる、と銘打たれた作品の舞台であった。


「なんで外伝、なんでよりにもよって外伝、ふざけんなチクショウ……!」


 ジャックの前世はシリーズ全作をプレイこそしたが、イベント関連を網羅もうらするほど熱心でもなく、発生条件が面倒なものは動画サイトの攻略実況を見て済ませていた程度のライト層。


 けれど一作目の前日譚ぜんじつたんであり、元々は単体作品ではなくDLCダウンロードコンテンツとして製作されていた外伝に限っては、五十以上の国家群で争うことが当たり前だった他作品と比べてボリュームが少なく周回も比較的容易だったため、ほとんどのイベントに自力で辿り着いている。


 ゆえにこそ、この地の末路は嫌というほど知っていた。

 何度もゲームをクリアするたび、見続けたのだから。


 ──という、身も蓋もないエンディングを。






「どうしろってんだ……」


 記憶の濁流による混乱もどうにか収まった頃合、ジャックは途方に暮れた様子で呟いた。


「あんな結末を迎えるのはゴメンだ……けど、俺に何ができる……?」


 フレアエルド戦記は国家間戦争を題材とした戦略ステトラジーゲーム。

 国を盛り立て、将を集め、兵力を養い、時には戦争で、時には策謀で敵国を降し、自国の版図はんとを広げていくというもの。


 一騎当千と讃えられるような人物こそシリーズを通して何人か居たが、そんな最上位格のキャラクターであっても単騎では国ひとつ落とせない。

 決して、特別なチカラを持った一人二人のスーパーヒーローが巨悪を相手に立ち向かい、世界を丸ごと救うようなゲームではないのだ。


 シャイア七国いずれかを統治する血族に生まれていたならまだしも、ジャックは単なる戦災孤児オルフェンに過ぎない。

 精々が内政フェイズで徴兵ちょうへいを受け、戦争フェイズの合戦シーンでアリのように小さく描写された兵士の一人となり、いつの間にか消えるのがオチだろう。


 しかも、この手のゲームには既定路線メインストーリーが無い。プレイのたびに展開は変わる。

 いかにも主人公然とした若王の統べる国が初手数ターンで滅亡することも、ラスボス風な超大国の皇帝が無能な臣下の裏切りであっさり殺されて国を乗っ取られることも、なんら珍しくない。


 したがって、今後どうなるかの流れさえ分からないのだ。


「ちくしょう……」


 繰り返しのプレイで積み重ねた原作知識など、おそらく大して役には立たない。

 シャイアここがゲームの世界だと思い出したところで、少なくとも今のジャックに打てる手など何も無い。


 肝心な前世の記憶も断片的で、細かな部分に欠落が目立つ。

 かつての自分の名前すら曖昧あいまいという始末だった。


 第一、シリーズ内では比較的小規模な舞台とは言え、固有グラフィック持ちのネームドキャラクターだけでも五十人近く存在するのだ。

 そんな大人数が七つの国で暴れ回る群像劇の全てを、相互関係や時系列の順序に至るまでライト層プレイヤーがいちいち覚えてるワケがない。


「…………」


 どうするべきか。どうすればいいのか。

 大人しく滅びを待つことしかできないのか。


 ──否。


「まだ……まだ本編が始まるまで、時間はあるハズだ」


 フレアエルド戦記外伝は、新暦しんれき九〇年にシャイア中心部へと隕石が落ちた場面からスタートする。

 生憎あいにくジャックは今が何年かを知らないが、隕石が落ちてきたなどという話は聞いたことがない。


 すなわち、まだ猶予は残されている。

 今の自分には何もできなくとも、未来さきの自分ならば分からない。


「成り上がるんだ。国だって動かせるくらいに」


 そして、辿り着かなければならない。

 ついぞ前世では見られなかった、一作目に続く正史とは外れたの特殊エンディングへと。


「まずは──」


 気炎を吐くジャックの腹が、ぐるるると鳴った。


「…………今日の飯代、稼がないとな」





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