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 ジャックが暮らす町は、ヌイズと呼ばれている。


 ゲームでは登場しなかった地名。

 シャイア七国の一角であるヴェイル王国に属する、森羅衆しんらしゅうおよびカタリナ騎国きこくとの国境に程近い宿場町。

 そのため近隣で三国の、ひいては漁夫の利を狙う他国との小競り合いが起きることも多い。


 そんな、時として血の臭いが風に乗って流れてくるような町。

 けれども人の出入りが盛んで、閉鎖的な空気とは無縁なため、ジャックのような戦災孤児オルフェンにとっては暮らしやすい土地だった。






 町外れの廃墟。半壊して窓も扉もガレキで塞がった、家屋と呼べるかは人によって意見が分かれるだろうジャックの

 ちびたロウソクに灯る火が、色あせた布切れに走り書きされた字をゆらゆらと照らす。


「新暦八五年か……」


 魔導書グリモアから転写てんしゃされた知識によって読み書きができるようになり、あれこれ調べて回るうちに明らかとなった情報、そしてジャックの煩雑はんざつとした前世の知識を纏めるためのメモ。

 頭の中身は目で見える形に残した方が理解度を深められると、前世が囁いていたのだ。


「あと五年で、がイシドゥラに落ちてくる」


 シャイア七国で最も国力が高かった大国イシドゥラの第二都市を跡形もなく破壊し、それを好機と見た他六国の蜂起を促した、全面戦争の着火剤。

 更に言えば、通常エンディングでのシャイア滅亡の原因を招き寄せた存在でもある。


 いわばフレアエルド戦記外伝における全ての元凶。

 この一件さえ防げれば、それまでは散発的な小火ぼやに過ぎなかった戦火の急激な拡大も、その果てに待ち受ける滅びも回避できると言っていい。


 しかしながら、相手は宇宙から訪れる隕石。どうにかできれば苦労はしない。

 起こってしまうことを前提に動くしかなかった。


「大丈夫、大丈夫だ。特殊エンディングの到達条件なら知ってる」


 そう自分に言い聞かせ、抱えた頭から両手を引き剥がすジャック。

 果たしてゲームと同じように行くのだろうか、と浮かびかけたネガティブな思考を沈め、深く深く息を吐く。


「よし……」


 水で喉を濡らしたのち、ジャックは再びメモを見下ろす。

 注視したのは、五年後の本編開始時点で自分がどの勢力につくべきかを考えるため、七国家それぞれの特色やメインキャラクターたちについて箇条書きした項目。


「……イシドゥラとヴェイル王国は駄目だな」


 権威主義が強く、新参者──それも平民の孤児など相手にもされないだろう。

 数年以内で中枢を動かせるほどの地位を得られるとは、とても思えなかった。


森羅衆しんらしゅうもアウト」


 精霊信仰の宗教が政治にまで深く根付いており、国家元首の言葉よりも精霊王のお告げとやらが優先される。

 トップですら思い通りにできない国など、たとえ首尾良く手中に収められたところで持て余すことは火を見るより明らか。


 つまり候補となるのは、残りの四国家。


「欲を言えばケテルネックかキスレイン共和国が望ましいが……」


 イシドゥラに次ぐ国力を持つ二大国。

 けれど豊かな分だけ人材も豊富で、成り上がるには時間がかかる。


「……やっぱり、ルルジフとカタリナ騎国きこくのどっちかが一番現実的か」


 国土こそ小さくも、シャイア唯一のミスリル鉱山をようすることで他国としたたかに渡り合っているルルジフ。

 新暦八〇年ごろ、頑なな権威主義を嫌った当時の王国第二騎士団がヴェイル王国の領土であったシャイア北部一帯を占領し、そのまま新興国家として離反したカタリナ騎国きこく


 金で権力すら買えるルルジフ。

 実力主義のカタリナ騎国きこく

 戦災孤児オルフェンに過ぎないジャック・リンカーが出世を望むのならば、可能性があるのはこの二国のみ。


 そして、それですら口で言うほど簡単な道のりではない。


 たとえ小国であっても、何者でもない少年が易々と出世街道を歩めれば世話は無い。

 むしろ金や実力でのし上がることは、この世で最も成し難い方法とさえ言えるだろう。


「……それでも、間に合わなきゃ何もかも終わりだ」


 今のジャックには、金も力も何も無い。


 ゆえに、まずはその第一歩として──を修めることを決意した。





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