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 島と呼ぶには大きく、大陸と呼ぶには小さく、七つの国で分け合うには狭すぎる。

 そしていずれの国々も、他国に覇権を譲るつもりなど毛頭ない。


 ゆえに、この地──シャイアでは長らく争いが絶えることはなかった。

 常にどこかで血が流れ、死体の山が築かれていた。


「チッ……しけてんなぁ……」


 ならばこそ、ジャック・リンカーのような戦災孤児オルフェンも、まったく珍しくない。

 今日も彼は独り、まだ血も乾いていない戦場跡に転がる死体から金目の物を剥ぎ取り、その日の糧を得ようとしていた。


「やっぱ二日もってたら、粗方あらかた持ってかれちまってるか……」


 辺りを見回せば、ジャックと同じように死体の持ち物を漁る屍漁りスカベンジャーたち。

 けれど間違ってもとは呼べない。誰かが値打ち物を見つければ、次の瞬間にはハイエナのごとく群がり、たとえ殺してでも奪い取ろうと企む輩ばかりなのだから。


「あーあ。んなるぜ」


 ジャックにそこまでする気は無い。

 片手の指が埋まる歳まで両親が健在だった彼は、優しい父母との生活でつちかわれた善性を、十五歳となった今も捨てきれずにいる。


 野犬じみた戦災孤児たちオルフェンズにあっては異彩とも呼べる

 そのせいで痛い目を見たことも一度や二度ではないが、それでもジャックの根は変わらなかったあたり、筋金入りの気質なのだろう。


「どーすっかねぇ」


 ほとんど空っぽの雑嚢ざつのうを背負い直し、途方に暮れた様子で鉛色の空をあおぐジャック。


 此度こたびの稼ぎ場は、カタリナ騎国きこく森羅衆しんらしゅうが小競り合った跡地。

 どちらも国力の乏しい小国。争いの規模も小さく、元より大した収穫は期待できなかったが、こうも空振りでは町から何時間も歩いた甲斐が無い。


 やはり初動の遅れが致命的だったかと、ジャックは溜息まじりにかぶりを振り──視線をめた。


「なんだ、あれ」


 少し近付くと、不快な焦げ臭さが鼻を突く。

 焼け死んだ亡骸なきがらばかりが、十人分ほど積み上げられていた。


「こりゃ酷いな……」


 この小さな戦場全体の犠牲者が数十人ほどであるため、相対的に見ればかなりの数。

 にしても、まともな焼かれ方ではない。油でも撒いたか、さもなくばによるものか。


 いずれにせよシャイア七国に火葬の文化を持つ国は無い。すなわちこれは悪意による行為。

 それに焼死体など持ち物も全て燃え尽きてしまうため、喜ぶのは灰食はいはみカラスくらいだ。


 鼻を摘まんだジャックは、臭いがこびりつく前に離れようもきびすを返しかける。

 だがその間際、屍山しざんふもとを見とめ、立ち止まった。


「……魔術師?」


 町でもたまに見かける、厚手のローブを着込んだ姿。

 積み上がった焼死体を作った張本人とおぼしき者が何故それらの下敷きとなっているのか、ジャックには分からなかった。


 そもそもジャックにとってそんな話はどうでもよく、まだ荒らされた形跡が無い魔術師の死体を見つけたことの方が余程に重要であった。


 ある程度からの魔術を扱うには、宝石などの触媒しょくばいを要する。

 ルビーの欠片でも手に入れば、当面は食事の心配をしなくて済む。


 注意深く周囲を確認するも、金にならない焼死体の山に興味を抱いた屍漁りスカベンジャーなどジャックだけで、彼の方には見向きもしていない。

 高鳴る心臓をなだめつつ、ローブを掴んで無理やり死体を引っ張り出す。


「っぐぐ……っと!?」


 どうやら脚は消し炭となっていたらしく、腰から下が崩れ、すっぽ抜けた。

 上半身だけとなった魔術師の死体を転がし、ローブの中を探る。


 が。


「……んだよ。ロクなもん持ってねぇじゃんか」


 戦闘で触媒しょくばいを使い果たしたのか、元より触媒しょくばいを必要とする魔術が使えるほどの腕前ではなかったのか。

 このような場末ばすえの小競り合いに参加するあたり、後者だと思われる。


「期待させやがって……なんとか金になりそうなのは……こいつくらいか」


 持ち主とは逆に、上半分が焼け焦げた書物。

 字を知らないジャックには判読できないが、背表紙には『──魔術教本』と題の後半部分だけ記されていた。


「もし中身が無事なら、パンくらいは買え──」


 状態を確かめるべく、黒焦げの表紙を開いたジャック。


 その瞬間。まるで電流のような衝撃に、背骨を貫かれた。


「おっ──あ──?」


 合わせて脳内へと流れ込んでくる無数の情報。

 見たこともない景色。の記憶。


 …………。

 ジャックにとって幸運、あるいは悲運だったことは、全部で三つ。


 ひとつ。彼に魔術を扱うための素養が備わっていたこと。

 ふたつ。彼が拾ったのは単なる魔術教本ではなく、記された内容をじかに脳へと転写てんしゃする希少な魔導書グリモアであったこと。


 そして、みっつ。

 焼け焦げて一種の誤作動を起こした魔導書グリモアが、彼のを呼び覚ます鍵となったこと。


「………………………………あ、あー」


 魔導書グリモアを開いたまま膝をつき、放心状態で声を出すジャック。

 やがて我に返り、目に光が戻った彼は本を取り落とし──頭を抱える。


「マジか。マジ、かぁ」


 思い出したのだ。この世界の正体を。


「ここ……『フレアエルド戦記』じゃねぇかよぉ……!」





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