災禍級魔術師はサイコロを砕く ~正史ルートだとバッドエンド直行のゲーム世界に転生したから特殊エンディングを目指していたら、ネームドキャラたちに執着されてヤバいことになった件~

竜胆マサタカ

??:Jack


 ──何故だ。


「もぉ、いぃ、かぁいー……?」


 迷彩外套めいさいがいとうで姿は隠した。

 吸音石きゅうおんせきで音も消した。

 鼻遮花びしゃかの香水で匂いもった。


「まぁだ、でぇす、かぁー……?」


 奴に俺の位置など、分かるハズがない。


「もぉ、いぃ、かぁいー……?」


 なのに何故、ゆっくりと、けれど一切の迷い無く、こっちに近付いて来ているんだ。


「まぁだ、でぇす、かぁー……?」


 居る。もうすぐ側に、俺が背中を預けているみきの裏に居る。


 そもそも、こんな人の手が何十年も入ってない森深くまでどうやって追ってきたんだ。

 国許くにもとでは常に聖域深くのやしろに篭もり、秘匿性の高い聖託せいたくを告げるため戦場まで出向く時も御輿みこしで運ばれるから、日頃ほとんど歩いてないってだっただろうが。


「もぉ、いぃ、かぁいー……?」


 来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る来る。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


 ──いや待て、落ち着け、冷静になれジャック・リンカー。


 相手は所詮、生粋のインドア派だ。いくら俺が疲労困憊ひろうこんぱいの有様でも、取っ組み合いに持ち込めば百パー勝てる。

 適当に転がした後、平野の陣まで下がればいい。


 ……できることならとも、あまり顔を合わせたくないけど──


「みぃ」

「つ」

「け」

「たあぁ」


 うつむき気味だった顔を掴まれ、強引に正面を向かされた。

 悲鳴を上げなかったのは断じて肝が太いからではなく、単に俺は驚くと声が詰まるタイプってだけだ。


「どうして隠れるのですかぁ? 恥ずかしがらなくてもいいのにぃ」


 木陰に注ぐ僅かな陽光すら照り返すほどつやを含んだ、白金プラチナとも見紛みまがう白髪。

 透けるような美貌びぼうを赤らめさせ、口の端を三日月のごとく吊り上げた、おぞましくも美しい──いや普通におぞましい笑顔。

 瞳孔どうこうヤバいって。


「ふふ、ふふふっ、ひひっ」


 下手に動けば首ごとねじ切られそうな万力。

 こんな細腕のどこに、これほどの力が。


「どこへ逃げたって無駄ですよぉ? 貴方が近くに居ると、傷がうずいて教えてくれるんですからぁ」


 かつて俺が撃ち抜いた右目を覆う、細やかな刺繍ししゅうで飾られた眼帯。

 つがいで咲くクリファの花模様。によく使われる装飾。


「ひひっ……さあ、聖域おうちに帰りましょう? 不浄の世界なんて、私たちには必要ないのですから」


 国主すら許しがなければ入れない禁足地を住まいにした覚えは無い。


「もう離さない、逃がさない……誰の目にも触れさせない、誰の手にも触れさせない……」


 誰か助けて。このままだと監禁ルートまっしぐら。

 まだすら始まってないのに、俺の人生が終わってしまう。


 …………。

 ああ、カミサマ。そんなものが存在するのかは知らないが、もし存在するならどうしてあの日、前世の記憶など引き戻してくれやがったのか。


「貴方の眼差しも、鼓動も、吐息も、ささやきも……すべてすべて、私のもの……」


 いっそ何も思い出さないまま路傍ろぼうの片隅で生きていた方が、少なくとも終わりを迎える時までは平穏に過ごせてたかもしれない。

 近頃、ふとそんなことを考えてしまう自分が心のどこかに居て、まったく嫌になる。


「溶けて、混ざって、腐って、骨になるまで、ずっと……ずぅっと一緒……」


 嫌にもなる。





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