第4話 クソ虫の俺が異世界転生しても明日という言葉は似合わない
俺の中の邪神バベルの声が聞こえ始めてから俺はずっと煮え切らない毎日を過ごしていた。
邪神が言った通りの場所言った通りの時期に邪神が復活し始め、
それを倒すたびに取り込んだ邪神の力を使った環境の変動が起こっていく。
バベルが必要としている能力を俺に回収させなにかを進めている。
その事実を知るのは俺だけだ、その事実を隠しているのは俺だけだった。
人々を苦しめる邪神を倒すことができる自分に少しだけ意義が見いだせ始めていた。
それも今ではただ罪悪感を積み重ねる作業でしかない。
夜も眠れず食事も喉を通らず、ただ過ぎていく時間が自分の中の大切な何かを侵食していく嫌な感触だけが続いていく。
他の聖剣使いが自分にとってやる価値がある仕事とやる価値のない仕事をわけはじめ、
名声が得られる状況以外は人々に被る被害を顧みずにいかに手を抜いて邪神の対処を行うかに執心し始め、
その事に怒ろうとしても自分のやっている事の方がずっと酷くて何も言えない。
自身の有様が日に日に腐っていくのが自分でもわかった。
ある日マリィはそんな俺に声をかけた。
彼女は300年前彼女が世界で初めての聖剣使いとして活動していた頃の話をしてくれた。
彼女に関わるありとあらゆるものが事態の解決よりも、状況と彼女を利用して自身の社会的地位の確立にのみ人心が動いていった事。
そんな中で彼女も思い悩み苦しんだ経験、そしてそれでも彼女の周りにはいつも正しく彼女を導いてくれる仲間がいた事をマリィは教えてくれた。
彼女の思いやりとその信頼にみちた微笑みにふと心が軽くなるのを感じ、
そんな俺を滑稽そうに眺める邪神の気配にすぐに気持ちが重く沈む。
今の俺には周りの人間すべてを欺くしかできない、その事実があらゆる事を苦痛に変えていく。
しかしマリィの話を聞いていて疑問を抱く。
邪神に人間の負の心以外は理解できない。彼女はそういった。
マリィの元々生きていた時代にキルブレイドに封じることになった邪神がエミュレートして生み出した人間の性質と自分が異なっているように思えた。
実際これまでも邪神は何度か俺の考えていることに気づいていない節があった。
俺は邪神が生み出した存在のはずなのに?この状況を生み出しているものはなんだ?
一つだけ思い当たることがあった、しかしそれはあまりにも頼りない可能性。
それならまだ間に合ううちにマリィに全てを打ち明けて封印してもらうしかないのか。
「知らないって事は罪なんです、それに知っていてなにもしないのはもっといけないことなんです」
彼女は300年前自らを犠牲にして封印した時何を思ってそうしたのか語る時にそういった。
彼女を犠牲にすればすべてを救えることを彼女の仲間は彼女に隠し通そうとした、
彼女が知らなかった、その事で彼女の仲間は犠牲になっていった。
そして事実を知ったとき彼女の取るべき道は一つしかなかった。
語る彼女の表情は悲しく、しかしその目に後悔はなかった。
それなら俺は、俺にだってとれる方法は一つだけしかない。
俺は翌日仲間の元を去ると邪神に一緒に世界を征服しようともちかけた。
それから俺は邪神の力を使い都市や国家を侵略し、ありとあらゆる場所に封じられた邪神の力を取り込んでいった。
俺の存在は瞬く間に恐怖と共に世界に知れ渡り、邪神教団が自然発生して支配体制を拡大していった。
バベルはある日俺に言った。
「機は熟した、この世界の神への復讐の時だ。そのために邪魔なお前の人格を消す」と。
次の瞬間俺の体をドロドロとした黒い闇が包み、都市を飲み込んで天高く聳える巨大な邪神の姿へと変貌させた。
俺はその状況に驚かない。
「ずっとその言葉を待っていた」俺はバベルにそういった。
バベルは俺の存在を消せずに戸惑う。
「俺にも聖剣は発現してたんだ、そしてそれは今も機能してる。
戦闘力0のゴミみたいな能力だが、お前に対しては最低最悪の力だ」
意識の世界で俺は手元に俺の聖剣を召喚する、俺の手の中には一本の鉄パイプがあった。
「害虫って奴はいくら殺そうが追い払おうが罠にかけようが次から次へと湧いてくるだろ?
同じなんだよ俺の聖剣の力も。永続的に俺を存在させ続ける力。
お前が自分で俺の模擬人格を演じていると思っていた人間は、実は元々意思をもった一人の人間だったってわけだ」
そうだ、俺には俺にふさわしい戦い方がある。何度だって鉄パイプ一本で神に抗ってやる。
「だからといってどうした、それなら私の力でお前を消してしまえばいい」
バベルの力が俺の意識を消滅させようと襲い掛かる。
しかし俺はその力をそよ風のように受け流した。
「おいおい待ってくれよ、笑わせないでくれ。お前がなんで今お前に事実を話したと思う?」
「まさかそんなはずはない、なぜ消えない!」
バベルの意識が俺の周りにいくつもの触手となり、鋭い刃となり俺に絡みつく。
しかし俺はそれを鉄パイプを振りぬいて払いのけた。
「邪神っていうのはよくしたもんだよな、人間からの恐怖を集めれば集めるほど強くなる。
そしてお前の体を使った『俺』は邪神として世界を恐怖に落とした。
そうなれば聖剣の能力も俺の邪神としての格に従って成長する。
俺を存在させるためにお前の存在を消すことができるくらいに。
無名な大物の邪神の王と世界一有名な一番新しい邪神、いったいどちらの方が力があるのかな?
下剋上だよご主人様、お前の体を乗っ取ってやる」
バベルの怒りが地上に現れた巨大な邪神に天を割き大地を砕かせ、山々から無数の火柱が天高く立ち上った。
バベルからの本気の攻撃が俺に襲い掛かってくる。
全身を焼き尽くすような光の奔流を鉄パイプを掲げてしのぐ。
自分の体力と精神力がどこまで持つか正直自身はなかったが、今はその状況が楽しくて仕方なかった。なぜなら。
「クソ虫の俺になろうとした時点でお前もクソ虫以下の存在になってたって事だよ!!」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!!貴様のような虫けらになぜこの私が負ける!?滅ぼされねばならぬ!!!!!」
巨大な邪神バベルが俺の感情に同調し大声で笑い始める、声の衝撃波で川が波打ちガラスが割れ、
世界中の人々が世界の終わりを感じて震えあがった。
「ワハハハハハ!最高に愉快だぜ自分以下の奴を見下すのはよぉおおおおおお!!!!!!」
「おのれ・・・おのれおのれおのれこのクソ虫があああああああああああ!!!!!!」
バベルの最後の咆哮と共に邪神の巨体は爆発して消滅した。
目を開けると俺はあとに残された巨大なクレーターの中心に一人で立っていた。
俺の背後にはマリィがいた、その手には純白の聖剣、本当のキルブレイドが握られている。
俺は振り返るとマリィを見る。
彼女は俺の元に踏み込み両手を突きだし、そして。
彼女の手からキルブレイドは消え、俺は彼女の腕に抱きしめられていた。
彼女は震える声で言った。
「なんでこんな無茶したんです?私に打ち明けてくれていたらすぐに解決できたんです」
「それじゃ困るからだよ、君がいない世界じゃつまらないからだ」
「冗談なんて言わないでください、私怒ってるんですからね」
「異世界に転生してわかったんだけど、俺は結局変わらず俺のままで、周りとうまくやっていけないのは変わらなくてさ。
二次元の世界の妄想してた方が絶対楽しかったんだ。だけど君がいてくれるなら現実でもう少し頑張って良いって思えた。
だからだよ、ガラにもなく必死になってさ。かっこ悪いよな俺」
「最高にかっこいいに決まってるじゃないですか」
「えっ……」
「いつだってずっと貴方の事かっこいいって思ってましたよ、
ずっと貴方が自分の事クソ虫だっていうのが嫌でした、私の気持ちを否定されてるみたいで辛くて。
だから貴方が良い人で私はそんなあなたに救われたんだって気づいてほしくてずっと、ずっと・・・」
「えっと、俺どうしたらいい?ごめん、友達少ないからこういう時どうしたらいいかわからなくて」
マリィは泣きながら黙って俺の胸に顔を押し付け、抱きしめる力を強くする。
俺は昔公園で転んで泣いている子供をあやしたことがあったのを思い出した。
マリィの頭を撫でて、もう大丈夫だとつぶやく。
なんかいい雰囲気すぎて俺はなんだかびくついてしまう。
じっと俺の顔を見るマリィに「き、きき、キスとか、してみる?」と上ずった小声で尋ねる。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのかマリィはにっこりと笑うと
「貴方の事友人として尊敬してます」そういった、あれれぇ?
軽快な靴音をさせて遠ざかったマリィが俺に振り向き手を振る。
彼女に手を振りながら元気がでたマリィの様子が嬉しい気持ち半分残念な気持ち半分でぎこちない笑顔を浮かべる俺。
彼女のあとから現れたディガルがフルメイルの音をガチャガチャとさせて俺に近づくと肩に手を乗せた。
「残念だったな、少年」
「今のいい雰囲気だったと思ったんだけどな……」
「よかったら俺と付き合わないか?」
「え”?」
ディガルの表情は相変わらず鉄仮面に包まれていて読めないが、どう考えても本気の声だった気がする。
というか肩に乗せた手が心なしか震えている、あっ・・・これたぶんマジな奴だ。
あれれぇ?なんで?どこでそういうフラグ立ったっけ?あれれぇ?
「なんてな冗談だよ、一緒に帰ろう。村でみんな待ってる」
下手な邪神よりも恐ろしい事をされたような気がしたが、俺はマリィやディガルやアッシュの前と変わらない雰囲気に心から安心した。
俺には明日を待ってる余裕はない、今日に全力を尽くして少しでも前に進めるように足掻くだけだ。
立ち止まってしまっても、めげそうになっても傍にいてくれる人たちがいる。
俺に明日という言葉は似合わない、それは今も昔も変わらない。
ただそれでもみんながいてくれるなら俺は少しだけ自分の事が好きになれそうな気がしている。
時々おかしなことをする愉快な仲間達ではあるのだけど。
まぁいいか。
俺は苦笑しながらマリィ達に合流し家路につく。
「貴方にはまだ少しキスは早いですから」
歩いている途中小さな声でマリィがそう言ったのが聞こえた気がした。
クソ虫の俺が異世界転生してもしょせんクソ虫だった件 @gugigugi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます