第20話 恐れの芽生え

 それから少しして、小人のドゥリンが、夕食の支度が出来たと言って呼びにやって来た。

 雨音が響く中、食堂へ向かうと、反対側の台所側の扉からローグも入って来た。なぜか彼は、最初に着ていた裾のほつれた服に戻っている。

 「…えっ? それ…何で、元の服に?」

 「あんな時代物の仮装なんていつまでも着ていられるか。生乾きでもいいから元の服を返せ、と言ったんだ」

 「でも…濡れてなさそうですよね? 雨が降ってるのに、よく、乾いたわね」

 「コホン。それは、」

咳払いをしたドゥリンが、もったいぶった調子で口を開いた。

 「”熱”のルーンを使ったのです。火種がなくとも熱を生み出せるルーンです。熱々から温かい程度まで、加減すれば色々と役に立つものでして」

 「えっ。そんなルーン知らない…どうやるの? あとで、描き方を教えて」

 「よろしいですよ」

 「小人に、ルーンなんて使えるのか」

ローグが驚いているのを見て、ドゥリンはますます得意げだ。

 「我々の一族は、長年このお屋敷にお仕えして来ましたもので。…とはいえ、種明かしをいたしますと、誰にでも扱えるよう道具として作られたものをお預かりしているだけなのですが」

 「ヘビ除けの護符みたいなもの、ってことね」

ユーフェミアは、首を傾げた。

 「…そういえばルーンって、描き方が分かっていたとしても、誰でも使えるわけじゃないのよね?」

 「当たり前だ。そいつは、伝承によれば古えの神々によってもたらされた知恵、ということになってる。神が実在したかはともかくとして、そう呼ばれた始祖たちの血を引く”黄金の一族”にしか使えない。」

ローグが言うと、ドゥリンも付け加えた。

 「つまりは、エーシルとヴァニール、二つの種族だけに許された技でございます」

 「ふーん…。やっぱり、そうなんだ」

特に驚いたりもせず、あっさりと流すユーフェミアを見て、ローグとドゥリンは、思わず視線を交わした。そして、何か言いたげに苦笑する。

 「さてさて。晩餐をお持ちいたしましょう」

二人が席に着くのを見計らって、小人はパチンと指を鳴らした。台所のほうから、他の小人たちが手際よく料理の皿を運び出して来る。人間二人のぶん、それと、足元にいる子犬のぶんも。

 「あらフェンリス、しばらく見かけないと思ったら、あんたも洗ってもらったのね。綺麗になってる」

 「ワン!」

 「これなら、部屋で一緒に寝ても汚れないわね。」

フェンリスの前には、味付けされていない、茹でて骨を取り除いた鶏肉が置かれてる。ユーフェミアたちのほうは、香草でローストした鶏と付け合せの野菜だ。

 ふとユーフェミアは、ヘグニがそれらの食材を運んでくるところを見ていないことに気がついた。

 「ねえドゥリンさん。出してもらってる食事の材料って、どこから持ってきてるの? こんなの、魔法で出せるものじゃないでしょう」

 「お屋敷の裏手に、畑と鳥小屋がございます。」

ドゥリンは、こともなげに言う。

 「お屋敷は広うございますからなぁ。昔は羊や馬なども飼っていたのですが、今では鶏と豚だけです。」

 「そ、そうなんだ…。畑仕事もしてくれてたのね、ありがとう」

それなのに、報酬が毎日の酒だけとは、ある意味、破格の仕事ぶりだ。しかも何年も無報酬でほったらかしにしていたのに、上等の酒をたっぷり振る舞っただけで精算したことにしてくれるのも。

 「ただ、ここでは作れないものも…おお、そういえば」

小人は、思い出したというようにぽんと手を打った。

 「調味料が切れかけております。塩と砂糖、それにコショウなども。明日、あの人間の使用人にご依頼くださいませ」

 「ヘグニさんに? いつもヘグニさんが仕入れていたの?」

 「はい。我々は調味料など無くとも構いませんが、皆様方は味のないものはお嫌いかと」

 「…それは、そうね」

塩の入っていない料理など、食べても美味しくはないに違いない。塩は畑からは取れないし、砂糖も、精製する道具が無ければ作れない。確かに大事なことだ。

 「分かったわ。でも、代金はどうすればいいの? 私、手持ちのお金が無いの」

 「人間世界の通貨については存じませんが、使用人にお聞きになるとよろしいかと。」

 「……。」

ユーフェミアは、ちらと手元の銀の食器を見やった。

 いざとなれば、この屋敷にあるものを何か売れば、それなりの金額にはなるだろう。それとも、他にどこか財産を溜めている場所はあるのかもしれない。

 (村に銀行は無さそうだったし…皆、家に貯金してるのかしら。というか、お店もあんまり無いし、お金を使えそうな場所があんまり無いっていうか…)

そんなことを考えながら、料理を口に運ぶ。

 小人たちの料理の腕前は確かなもので、これまでに出された食事はどれも、素朴ながらも美味しいと感じられる味だ。むしろ、中央島セントラルに居た頃よりもいいものを食べている気がする。

 「何かお召し上がりになりたいものがあれば、承りますよ。麓の小川に行けば川魚も採れますし、山の方に狩りにゆけば、数日はかかりますが、鹿やウサギも手に入ります。」

 「あ、えっと。私は、食べられれば何でもいいので」

 「俺も同意だな」

ローグはさっさと食事を終え、ボウルで指を洗ってナプキンで口元を拭った。

 「……?」

ユーフェミアは、その様子を見て思わず動きを止めた。

 「何だ。そんなにジロジロと」

 「え、ええと…。ずいぶん慣れているんですね。こういう食事に」

 「こういう? ただの鶏肉だろ」

 (ただの…ね)

つまりは、正式な夕食の場には慣れている、ということだ。

 言葉遣いはぶっきらぼうだし、自分の格好も気にしない放浪生活をしていたらしいが、育ちは良い――というより、”ならず者”にしては品が良すぎることに、ユーフェミアは気付いていた。

 それに引き換え、彼女自身はというと、ナプキンを膝に乗せるような食事をしたことすらない。指を洗う水の入った容器とナプキンの使い方さえ、ローグと同席して食事した最初の回に、はじめて知ったくらいなのだ。

 (フォークの使い方が合ってるかどうかすら分からない。私、…もしかして、すごく恥ずかしいことをしてるかもしれない…。)

慌てて残りの料理を口に運ぶ。ローグはそれを見て、なぜかうっすらと笑みを浮かべて呟いた。

 「ま、それだけ食欲があるのなら、心配は要らんな」

 「…え?」

聞き返そうとした時には、彼はもう、席を立っていた。

 ローグの足元につきまとっている黒い熊が、一度だけこちらを振り返り、部屋の外へと消えていく。

 (何か…心配してくれてたの?)

首を傾げながら、ユーフェミアはフォークを置き、さっきローグがしていたように指を洗ってナプキンで口元を拭いた。


 ほとんど勢い任せで同行者になってもらったけれど、彼については何も知らない。

 一体、どういう理由で指名手配されるような殺人を犯したのか、どういう場所で育って、どうしてアスガルドを目指すことになったのかも。

 気にはなっていたが、聞けるほど親しくなったわけでもない。

 昼間は別々に行動しているし、港町で声をかけて一緒にフェンサリルへ来てから、まだ、ほんの数日しか経っていないのだ。

 それに、これまでの雰囲気からして、その話は、本人にとっては話したくないことのようだった。

 (いつか、話してくれるのを待とう。…きっと、そのほうがいいと思うから)

何も知らなくても、彼と出会ったことには意味がある。この先、無事にここでの生活を続けていくためには必要な人だ。

 席を立った彼女は、ローグが出ていったのとは反対の方向、屋敷の奥の書斎へと向かって歩き出した。




 部屋に入ってすぐ、入口のランプに”灯り”のルーンを描いて部屋を照らす。

 眠るにはまだ早いし、やりたいこともあった。

 「さて、と。」

足元についてきた子犬を部屋で好きにさせておいてから、彼女は、部屋の中をざっと見渡した。

 既に何日かここに寝泊まりし、大雑把な本の分類くらいは把握していたが、まだ、その程度しか分かっていないのだ。

 この部屋には沢山の本があるが、ほとんどは書類と呼んで差し支えのないものだった。

 古い法律書、土地相続に関する史料、争い事の仲裁記録や結婚の届け出。まるで、小さな役所のような細々とした記録がほとんどで、思っていたよりずっと世俗的なものが多い。

 それは、まだアスガルドが島嶼連合ユニオンに参加する以前、大地主でもあるこの館の主がフェンサリルの事実上の首長として、あらゆる行政手続きを管理してきていた時代の、民間の歴史記録とでも言うべき遺産だった。

 その中でも、書斎机の上に積まれていた本は祖父エイリミがの最後に読んでいた本のはずだ。今日はまず、そこから調べよう。


 だが、いちばん上の本に手を伸ばした時、彼女は、それが厳密には「本」ではないことに気がついた。

 (これは…ノート? いえ、日記帳だわ。それも、ずいぶん年代物の雰囲気…)

表紙には、エイリミ・クリーズヴィという名前が書かれている。

 ぱらりと捲ると、いきなり不穏な文章が現れた。


 ”夏の月 三月、十五日。溺愛していた末娘のヘルガが熱病で死んでから、妻は日に日にやせ細っている。遅くに生まれた子だったから、余計に可愛かったのだろう。長男は最近村で広まっている古い伝承を持ち出して、妊娠している自身の妻が娘を産めば、また同じことになるかもしれないと恐れている。”


 (――ん? あれっ、長男? …でも、お父さんには他に男兄弟は…)

もう一度よく表紙の名前を確かめたユーフェミアは、旧暦で書かれた年数に気づいて、はっとした。

 (あっ! これ、お祖父さんのお祖父さん…百五十年前のほうのエイリミってこと?)

だとすれば、ここに書かれているのは、食堂の壁に飾られていた肖像画の人たちのことだ。

 さらにページを捲っていくと、少しずつ、不穏な記載が増え始めるのが分かった。


 ”秋の月 二月、四日。体の調子が良くない。どうも、遠乗りで落馬したときの傷の治りが悪いようだ。仕事は息子たちに任せることにした。土地も分けるつもりだ。三男のヴァーリは、土地を相続するならギムレイの丘がいいという。あそこは、かつて”黄金の玉座”があった場所だ。長男は難色を示している。

 先日やってきた、島嶼連合の使者なる連中をどう扱うべきか”


 ”冬の月 一月、二十日。足が萎えて杖がなければ立てなくなってしまった。今年の冬は寒さが応える。妻はもう起き上がれない。この冬は越せないだろうと医者は言う。調停所の仕事は一番法律に詳しい次男ヴィリに任せることにした。島の東の、ヨートゥンどもに汚された土地に船が頻繁に着くようになった。千年前にやって来た連中と同じではないのだろうが、金の話しばかりする卑しい連中で、好意的にはとらえられない”


 ”春の月 三月 三十日。信じられないことがおきた。妻の喪も明けていないというのに、ヴァーリがナースレンド山で手つかずになっている鉱山の権利をよそ者どもに売ってしまったらしい。島の東には勝手に港が作られている。よそ者たちが移り住み、島の外のものを持ち込んでいる。これは侵略だ。千年前とは別の形でやってきた侵略なのだ”


 ”春の月 四月 七日。長男ブレギの妻が娘を生んだ。死産だったらしい。長男は部屋に引きこもっている。”


それから、日記の日付は数年ほど飛んでいる。日記の書き手が、日々を記録する意欲を失っていたか、多忙だったか。あるいは、そういう精神状態ではなかったのかもしれない。


 ”冬の月 四月 二十二日。勘当した三男が、島の外から来た連中と酒を飲んで騒いだあと、海に落ちて死んだと人づてに聞いた。自業自得とはいえ残念な結果になった。亡骸は港のあたりに作られた墓地に埋葬したそうだ。一族の塚に入れてやれなかったのは残念だ”


 ”冬の月 四月 三十日。長男は、春になったら家族を連れてここを出ると言ってきた。ギムレイの丘にある、湖のほとりに新しい屋敷を立てて住むらしい。環境を変えれば妻の気も晴れる、あるいは呪いを免れるかもしれないと… 呪いなど、ただの噂に過ぎないというのに…”


文字が乱れ、日記の日付は大きく飛んでいる。

 それから、次の日記が書かれるのは、春になってからのようだった。


 ”春の月 二月 十四日。この冬は雪が多く、暖かくなってきてもまだ溶ける気配はない。この冬の寒さは、体にこたえた。私も、もう長くは保たないだろう。家のことは、次男に任せている。頭は良いが、生まれつき体が弱いことだけが心配だ。本当は女の子がいれば良かったのだが、我が代においても悲願は果たされなかった。また、次の代へ願いを託すしか…”


 日記は、そこで途切れていた。

 続きは余白だけ。何があったのは、おおよその想像がつく。


 (このあとすぐに亡くなったのか、存命していても日記を書くだけの体力も無かったのか。…家を継いだのは、次男。そして、お祖父さんの代に至るまで、家長になる女の子はいなかった…。)

肖像画の中に居た沢山の人々が、どのようにして屋敷を去り、どんなふうに消えていったのかは、なんとなく想像出来た。

 (確か学校で、島嶼連合ユニオンの歴史は習った気がする。そもそも、島嶼連合ユニオンが出来たのがちょうど百五十年前くらいで…最初は三つくらいの島しか参加していなかったのが、最終的に九つまで増えたのよね。…ああ、思い出してきた。確か、アスガルドは最後に島嶼連合ユニオンに参加した島で、それが八十年くらい前、だったかな…。)

きっと、日記を書いたエイリミの次の代か、次の次の代の頃に島嶼連合ユニオンに参加することが決まったのだ。祖父エイリミは、他の島々に向けて開かれたばかりのアスガルドを相続したことになる。

 そして今、この島には、中央島セントラルからの定期船が就航していて、湖のほとりにはリゾートホテルも建っている。

 この日記が書かれたのは、まさに島が激動の時代を迎える頃だったのだ。


 だが、どうして祖父エイリミは、わざわざ死の前にこの日記を取り出して読んでいたのだろう。

 (過去を懐かしむ…にしては、ちょっと変よね。)

白紙になった後ろの方のページをぱらぱらと捲っていたユーフェミアの手元に、ちぎられたページがひらりと落ちてきた。

 そこには、日記の文字とは違う人物の文字で、こう書かれていた。


 ”小人を信用するな――千年の因縁の起点となる者を探せ”


 「…え?」

一瞬、思考が固まってしまった。

 日記のページを破り取ったもののようで紙は古いが、書かれている文字は、まだ新しい。しかも、急いで走り書きしたもののように僅かにインクが滲んでいる。

 ユーフェミアは思わず、書斎机の上に置かれた写真立てと、すぐ側にある使い古されたペンとインク壺に目をやった。

 (まさか――)

これを書き残したのは、祖父エイリミなのか?

 だとしたら、”小人を信用するな”とは、あまりにも以外な言葉だった。晩年の祖父は人を寄せ付けず、唯一の使用人だったヘグニですら住み込みを許さなかったと聞いている。

 祖父にとって、唯一信用の出来る存在が小人たちだったのだと思っていた。

 それなのに、この警告は一体…。


 と、その時、コンコン、と扉をノックする音がした。彼女は反射的に、紙を日記の後ろに押し込んだ。

 「は…はい」

 「ユーフェミア様、お茶などはいかがですか?」

ドゥリンの声だ。

 「あ、えっと…大丈夫よ。必要なら声を掛けるから」

 「そうでしたか。失礼いたしました」

扉の外に、小人の足音が遠ざかってゆく。

 胸の中で、心臓が大きな音を建てて波打っている。

 (見らられてない、…わよね)

ちら、と頭上の、本棚の上に開いたままの穴を見上げる。

 やろうと思えば、そこからだって手元は覗ける。それどころか、彼らなら、この屋敷の中のどこにいても、盗み見することくらい簡単に出来る。

 (忘れてたけど、私、いちど彼らに殺されてるんだった…)

小人たちは契約を重んじる種族だという。契約を守らず、報酬を支払わない場合は、報復が待っている。

 人間とは全く違う倫理観によって生きている存在なのだ。それに、自分たちの欲望に忠実でもある。確かに、気を許しすぎてはいけない。

 とはいえ――違和感もある。

 この警告は本当に、ずっとこの屋敷で同居してきた小人たちに対するものなのか? だとしたら、祖父はどうして死の直前にこんなものを書いたのだろう。一体、誰に充てて? …自分がここへ戻って来ることは、知らなかったはずなのに、

 それに、「千年の因縁の起点」という言葉の意味も、分からない。


 迷った挙げ句、日記の後ろから紙をそっと引っ張り出すと、ユーフェミアは、それを手の中で丸めてポケットに押し込んだ。

 (明日、日の出ているうちにどうにかして処分してしまおう。小人たちに見つかったら、どう思われるか分からない)

背筋に、冷たいものが流れていた。

 もしも、この屋敷の中にいてさえ、安全ではないのだとしたら。

 小人たちのことを完全には信用出来ないのだとしたら。


 ――また寝首をかかれないという保障は、どこにある?



◆◆◆


 少女は震えている。どこかの大きな木の下で、誰にも見つかりたくないと思いながら身を隠して、膝を抱えて泣いている。

 「姉さまー!」

 「フレヴナ様、どこですか?!」

従兄弟たちが自分を探す声が聞こえてきても、ここだと言い出せずにじっとしている。

 幼い頃から本当の兄弟同然に暮らしてきた彼らだけは、いつも自分ての味方でいてくれると分かっている。けれど、それでも出て行くことが出来ない。顔を合わせることが出来ない。あまりに、自分が情けなくて…不甲斐なくて。

 今日、継承の儀式があった。

 一族に伝わる、族長だけが知ることの出来る秘密のルーンの意味と使い方を教わる大切な儀式だ。その儀式のあと、一族の長たる”予言の巫女”の力を示すことによって、正式な次代の族長として認められる。

 それなのに自分は、どう頑張っても”予言”の力を示すことが出来なかった。

 ほんの少し先の未来を見通すことも出来ず、かといってありきたりの予言をして上手く誤魔化すことも出来ず、しどろもどろに空想的な話をして、立ち会った人々みんなを呆れさせてしまった。

 (…もう嫌だ)

涙は、止めようとしても次々に溢れてくる。

 (皆が私を期待外れだって言う。ヘルガ叔母さまの代わりなんて無理よ。何の力もない…役立たず…何も出来ない…)

ヨートゥンたちとの戦いで父は戦死し、一族の女たちは予言の力を恐れて命を狙われ、護符を引きずりながら城の中に怯えて暮らしている。戦争は長引き、いまだ平和の時は訪れない。

 戦は嫌だ。死にたくない。

 けれど、火山の噴火する時は刻一刻と近づいている。破滅の時を止められる者は限られており、叔母のヘルガは皆を救うために危険を犯さなければならない。

 叔母に何かあった時のためにも、自分がしっかりしなければ…なのに、こんな大事な時に失敗してしまうなんて。

 ヘルガだけは優しく、お前はもっと自分に自信を持ちなさい、それで十分だと言ってくれたけれど、城の他の者たちがどんな目で自分を見ていたかは分かっている。

 血だけは濃い、そのくせ気弱で役立たずな小娘。勇敢だった父の面影など何一つ継がなかったと陰口を叩かれ、本当にヘルガの跡を継げるのかと、誰もが訝しんでいる。


 怖い。戻りたくない。

 怖い。叔母がいなくなったあと、大切な従兄弟たちにまで迷惑をかけてしまうことが。


 彼女はずっと、たった一人で震えている。

 味方はいるのに孤独で、そして、世界の全てを、


 ――未来を、恐れていた。

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