第13話 狂戦士<ベルセルク>
絵本に夢中になっているうちに、あっというまに夕方になってしまっていた。
腹の音に促されてそのことに気づいたユーフェミアは、急いで買い出しに出かけることにした。
もう、日は暮れかかっている。街は薄暗く、街灯が灯りはじめていた。
(…街灯?)
ふと、気づいて足を止める。
当たり前すぎて意識していなかったが、そういえば、この港町はフェンサリルと違って近代化されているのだ。電気が通っているし、道も舗装されているし、寂れた商店街の店には
けれど、フェンサリルに行くには島の真ん中にある山脈を越えなければならない。
おそらくはそのせいで送電線が作れず、山の向こう側は、いまも大昔のままなのだろう。
あるいは、フェンサリルにも発電所を作るなどして近代化は出来るのかもしれないが、そうはなっていない。個別に発電所を作るだけの住民もいないからか、歴代の
少なくとも、祖父エイリミは極度の人間不信で、城に閉じこもったまま外に出ようともしなかったという。きっと、そのせいでフェンサリルの発展は止まってしまっていたのだ。
島の地理が分かってくると、フェンサリルが本当に、世界から孤立したような場所だということが分かってくる。
島唯一の港からも遠く、山によって隔てられ、しょっちゅう濃霧に巻かれる――あの土地は、寂れるべくして寂れてしまった場所なのだ。領主である祖父が外界から入ってくるものを嫌っていたというのだから、尚更、そうなる”運命”だったのだろう。
もしも、その衰退の”運命”を変えるなら、――そう、まずは外界に向けて開かれる必要がある。
宿を出たユーフェミアは、小さな商店街を回ってパンや簡単な食事を買い込んだ。
買い物を抱えて外に出ると、ちょうど、通りの向こうを慌ただしく走り回っている人々の姿が見えた。
「島に指名手配犯が逃げ込んだって? 冗談じゃない。早く探し出さないと」
「山にでも入られたら、見つけられなくなるぞ」
どうやら、船に乗っていたあの黒髪の男を追っているらしい。指揮を取っている警官の姿も見えた。
(そういえば今って、時間的に、宿に警官が来たあとくらいね)
パンを齧りながら、ユーフェミアは宿に向かって歩き出す。
”前回”はもう少し早い時間に買い出しを終えて宿に戻り、入口で宿の主人と話をしている警官に出会ったのだ。あの男が殺人の罪で追われている殺人犯だと聞いたのも、その時だった。”今回”は宿を出るのが遅れたので、買い物の時間が短くても、日が暮れて前回よりも遅い時間になっている。
変わっているのは、自分の行動だけ。自分以外の全員は、毎回同じ行動を繰り返している。
やはり、時を遡ってやり直しているとしか思えない。
(この島でだけ使える魔法…とか、そういうものなのかな…?)
ユーフェミアは、おぼろげに、そんなことを考えていた。
でも、これはきっとルーンの魔法ではない。簡単に過去戻ってやり直しが出来るのなら、父の妹ヘルガの死は回避できただろうし、クリーズヴィ家が呪われた家だなどと言われることも無かったはずなのだ。
きっと、何か条件がある――それが何なのかは、さっぱり分からないのだが。
宿に戻ってみると、宿の主人である小柄な老人が、入口で心配そうに待っていた。
「おお、お客さん。良かった、無事だったんだねえ。待ってたんだよ」
「はい…近くのお店に行ってたんですが、何か騒ぎが?」
「殺人犯が、この島に逃げ込んだらしいんだよ。恐ろしいことだ。それで皆、探してる。危ないから夜はもう外に出ないほうがいいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
ユーフェミアは、精一杯驚いているふりをしながらそう答えた。とはいえ、その殺人犯は、このあと、宿の自分の部屋に飛び込んでくることが分かっているのだが…。
「そういえば、」
ふと、彼女は足を止めた。
「その犯人って、どういう人を殺したんですか? 手配書とか出回ってる人なんですか」
「ああ、これだよ。さっき、警官のオッタルが置いていった」
宿の主人は、顔写真つきの手配書をユーフェミアに差し出した。そこには、船で見かけた姿よりいくぶんか若い頃の写真とともに、名前と罪状が記されている。
”シグルズ・ハール、養父殺し、義兄および多数に対する殺人未遂” ”懸賞金つき指名手配犯”。
(シグルズ…? 確か、船では別の名前で呼ばれていたけど…偽名を使ってたってことかな?)
日付を見ると、指名手配されてから十年もの年月が経過しており、罪の重さを示す等級が何度も上がっていることが伺える。現在の懸賞金は百万リセ。凶悪犯罪者だとしても破格の値段だ。
(…そうか。島の人たちまで一緒になって追いかけ回してるのって、この懸賞金のせいなのね)
百万リセもの大金なら、五十人で分けたって相当な額になる。港町じゅうの男たちが血眼になって探していても、不思議はない。
そんな男が一体、どうしてこの島にやってきたのか。どうして自分の一族のことを知っていたのかは、ますます気になるところだ。
(やっぱり、あの人とは一度、話をしておかなくちゃ)
心を決めた彼女は、部屋に戻って作戦を考えはじめた。
部屋に飛び込んできたあの男と会話するには、待っているだけでは駄目だ。すぐに部屋の扉を破って警官が押し入って来てしまう。
かといって、逃げるのを手伝うだけでも駄目だ。逃がしたあと、再会できる確実な保障もない。
(それなら――…)
さっき読んでいた、おまじないの本を開く。
もしかしたら、この”おまじない”を、はじめて実際に役に立てることが出来るかもしれない。
夜が更けてきた。
月明かりとともに、開け放した窓から海風が吹き込んでくる。
指名手配犯を追い詰める人の輪が狭まり、港町のほうに声が集中して来ている。
(そろそろね)
ユーフェミアは、ちらりと廊下側の窓に視線をやった。窓の前にはあらかじめ椅子をおいて、泥で汚してある。そして、部屋に備え付けのクローゼットの中身は全部取り出してベッドの下に隠し、扉は開いてある。
蹴破られるはずの窓は全開になっていて、彼女は服を着たまま出口の前に立って、”その時”が来るのを待っていた。
「止まれ! 止まらんと撃つぞ!」
「そっちへ行った、道を塞げ!」
(ここまでは、前回と同じ。もうすぐだ)
人の走り回る物音と声が、こちらに向かって近づいてくる。
そして、予想していたとおり、開いたままの窓から、黒い影が荒々しい息づかいとともに飛び込んでくる。
「……?」
窓を蹴破るはずだったらしい男は、肩透かしを食らった格好で部屋の真ん中に立ち、周囲を見回して、それから、扉の前に立つユーフェミアに目を留めた。
「いらっしゃい、シグルズ・ハールさん」
「…あんたは、船にいた…」
「話はあと。すぐに警官が来るわ。そこのクローゼットに隠れて」
「は?」
「いいから、早く隠れて。」
言いながら、ちらと男の足元の熊に視線をやる。
熊が、静かに頷いたような気がした。
ほぼ同時に、廊下に通じる扉の向こうから、バタバタと階段を駆け上がってくる足音が響いていた。
「抵抗するな! もう逃げられんぞ!」
扉の前で怒鳴る声。
「…チッ」
男は舌打ちをしながらも、言われるままにクローゼットの中に滑り込む。ユーフェミアは素早く扉を閉ざし、精一杯の悲鳴を上げて毛布にくるまりながら床に倒れ込んだ。
入口の扉が蹴破られる。
部屋に飛び込んできた警官は、顔を伏せてぷるぷる震えているユーフェミアを見つけて、構えていた拳銃をおろした。
「お嬢さん、無事ですか? ここに、侵入者が…」
「そっちの窓から…出ていきました…」
「何?!」
警官は、泥で汚れた椅子に乗って廊下側の窓から宿の脇の狭い路地を覗いた。
「クソッ、あっちか! …逃さん!」
言うなり、ばたばたと部屋を飛び出していく。
階下から、突き飛ばされたらしい宿の主人の悲鳴が聞こえてくる。
警官が外にいた男たちに声をかけ、間違った方向へ向かって誘導していく声が聞こえる。
ユーフェミアは、思わず笑い出しそうになるのを堪えていた。まさか、こんなに上手くいくとは思っていなかったのだ。
一呼吸おいて体の力を抜いたとき、年寄りの宿の主人が、よたよたと部屋の入口に姿を現した。
「あ、ああ。お客さん、ご無事ですかい?」
「私より、おじいさんのほうが大丈夫ですか?」
「わしは、まあ。…荒っぽい連中だよ全く。部屋もこんなにされて…」
ぶつぶつ文句を言いながら、蹴破られた扉を撫でる。
「扉がこんなじゃあ、もうここでは休めんでしょう。別の部屋をご用意しますよ」
「ありがとうございます。」
宿の主人が出ていくのを見計らって、ユーフェミアは、そっとクローゼットの中に声をかけた。
「もう少し待ってて下さいね。部屋を移る時、一緒に来てもらいますから」
「……。」
返事はない、が、中から息遣いが聞こえてくる。
ほどなくして戻ってきた宿の主人は、ユーフェミアに代わりの部屋の鍵を渡し、警官と男たちが町の反対側まで搜索に出向いたことを告げて、すぐに去っていった。
宿泊客は他におらず、ユーフェミアひとりだけなので、人に見られずに部屋を移動するのは簡単だった。
「さて」
逃亡者の男を新しい部屋に招き入れてから、彼女は、ようやく自分の聞きたいことを切り出した。
「改めて自己紹介するわね。私はユーフェミア…、ユーフェミア・クリーズヴィよ。」
きっと、この名前のほうが話しが早い。
「クリーズヴィ、だと?」
思ったとおり、男は目を見開いて反応した。
それから、なぜか声を上げて笑った。
「はは、そうか、予言の巫女…なるほどね。それで、俺が今夜、追われてあの部屋に飛び込むことを知っていたのか。窓を開けて、お待ちかねだったってわけだ」
「まあ、そんなことなんだけど…”予言”とはちょっと違うわね。”やり直し”って言うべきなのか…。」
言いかけて、ふと気がついた。
”予言”…といえば、確かにそうかもしれない。同じ時間を繰り返したせいで、ユーフェミアは、これから起きること、この先にあるものことを前もって知っている。
それは、他の人間からすれば”予言”の力を持っていいるように見えないだろうか…?
「何でもいい。で? そのクリーズヴィの女が、一体どういう要件で俺に声をかけた」
男は、大胆にも椅子に足を組んで腰を下ろした。足元には相変わらず、半透明な黒っぽい熊が付き添ったままだ。
「聞きたいことが色々あるのよ。まず、あなたは何者なの? その足元にいる黒い熊は何者? それと、一緒にいた三人とはどういう関係なの。知り合いじゃない、って話だったけど…」
「はあ? 何で今更、そんなことを聞く。分かってて声かけて来たんじゃねぇのか」
「それが、私、
「…何?」
「だから、お父さんの実家がフェンサリルだってことと、お祖父さんがお城みたいなお屋敷に住んでて”
「……。」
男は、あっけにとられた様子でまじまじとユーフェミアを見つめ、彼女が嘘を言っていなさそうなのが分かると、額に手をやった。
「…あんた、そんな状態で島に戻ってきたのか? ひとりで? 死ぬぞ」
「やっぱり、そうよね。」
というよりは、もう二回も死んでいる。それも、島に上陸してから数日以内にだ。
「だから、死なないために何をすればいいかが知りたいのよ。クリーズヴィ家にかけられた呪いの噂は、もう知ってる。だけど、誰がどうやって呪ってるのかが分からないし、どうして私を殺そうとするのかが分からない。少なくとも、あなたは私を殺さない――今のところ、あなたに殺される未来は知らないの。たとえ殺人犯だったとしても、ね」
「とんでもない無謀さだな…。まあ…俺としても、行きたい場所に行ける見込みが立ったのは、ありがたいんだが…」
「行きたい場所って?」
「フェンサリルにある、クリーズヴィ家の持ち城だ。俺の一族は、
言いながら、自分とユーフェミアを指差す。
「俺がこの島に来たのは、祖先の残した鬱陶しい契約の残骸を片付けたかったからなんだが、どうも、そいつの手がかりは城の周辺にあるらしい。で、クリーズヴィの一族は絶えたって聞いてたし、不法侵入でもするしかないかと思ってたんだが、生き残りがいるなら話が早い。あの城には厄介な守護者の魔獣がいるって話だが、あんたなら、そいつを手なづけることも出来るんだろ?」
「ガルムのことね。いいわよ、私と一緒に行けば通してくれるはず」
「…簡単に言うんだな。俺が怖くないのか」
「私を殺しに来たわけじゃないんだし、別に気にしないわよ」
「はっ。それも予言か? ずいぶんと自信があるんだな」
「自信なんてないけど、人を信じるのは勝手でしょ。」
「……。」
男は、驚いた顔で固まってしまった。
「それで、」
ユーフェミアは、間髪入れずに言葉を続けた。
「私がこの島で死ぬ理由って、一体何なの? お父さんは、何かを恐れて島を出た―― そのことと関係がある?」
「それは…。」
男は困ったような顔で足元の熊を見やった。
慣れてきたせいか、熊の姿は今でははっきりと見て取れる。表情はまるで人間のようで、声は聞こえないが、何か語りかけるように男に向かって口を動かしている。まるで、二人で相談しているようにも見える。
やがて、男は口を開いた。
「本当に、全然何も聞かされてないのか? それなのに、よく島に戻ってきたもんだ」
「自分でも良くわからないけど、知りたいと思ったのよ。それだけ」
「なら、まあ…言うが。あんたの一族の呪いをかけたのは、あんたのご先祖様のひとりだって話だぜ」
「えっ?」
ユーフェミアは、思わず声を上げた。
ヘグニの話にもそんな匂わせはあったが、まさか、島の外で暮らしてきた一族にまで知られているような話とは思っていなかったのだ。
「呪われた女族長、フレヴナ。千年前、偉大な首長ヘルガの後を継いだヴァニールの娘だ。ヘルガの姪だか娘だかで、一族の血は濃かったが、上手く力を使えずに、家臣たちからは見下されていたらしい。おまけに姿が醜く、男たちからは見向きもされず、島の住民全てを憎んでいたという。――で、別の娘を族長にしようという話がまとまってからは幽閉されて、死ぬまで一族を呪い続けたんだとか」
「じゃあ、その人が、自分の一族を滅ぼすために呪いをかけたってこと?」
驚いたあと、一呼吸おいて首を傾げる。
「…え? でも、フレヴナって、あのフレヴナ…よね?」
「どのフレヴナだか知らんが、不吉な名だってんでその名前は二度と使われなくなったらしいから、一人だけのはずだ」
「そうよね…。そうなんだけど…。」
夢の中で見た少女は、どこか気弱で、重責を負うことを恐れてはいても、一族を呪うような恐ろしい悪女とは思えなかった。それに、…何かが引っかかる。
彼女がどういう人物で、どういう経緯で一族を乗ろうようになったのかすら詳しくは何も伝えられていないというのに、どうして「呪った」ことだけは千年後まで伝えられているのだろう。それに、一族が断絶したのは祖父の代なのだ。千年も呪い続けて、今になってようやく成就するというのは、あまりにも悠長な話に思えた。
「えっと、とにかく、あなたの知っている言い伝えでは、呪いはそのフレヴナから始まっているってことよね? 目的は、一族を滅ぼすことだったの?」
「本人じゃないからそんなものは分からん。ただ、一族が衰退していったのは事実だろう。クリーズヴィの一族は、巫女の未来予知の力で火山の噴火を予知し、そこから起きる大災害を軽減することで崇敬を集めてきた一族だ。それが、千年前の噴火では役割を果たせず、ヘルガのあとは力を持つ女族長も生まれて来なくなり、噴火の影響で島が荒廃するのにうまく対処出来なかった。島の有力な一族はエーシルとヴァニールの二つだが、エーシルのほうは噴火で一人も残さず滅びちまってな。それで、雇い主がいなくなった戦士の一族は、島を後にしたってわけだ。」
「…なるほど」
この男の話している内容には、嘘は無さそうだ。だとしたら、後世に伝わった伝承がそうなった理由が、何かあるに違いない。
もとよりユーフェミアは、夢の中で見たあの少女、フレヴナが呪いの元凶だなどという話は、信じてはいなかった。
実際、この島に来てから自分を殺したものといえば、毒蛇に小人。どちらも”呪い”などという曖昧な手段ではなく、物理的な死をもたらした。
ならば、クリーズヴィ家の人々が死んでいったのにも、きっと、別の理由があるに違いない。
会話が途切れたのを見計らって、男は、窓の方に視線をやった。
「さて、と。夜ももうずいぶん遅くなったな。外も静かになったようだし、俺はそろそろお
「待って。どうやってフェンサリルまで行くつもり?」
「どうやって、って…まあ、山越えて歩くか、適当に途中で馬でもかっぱらうか…。何とかなるだろ。今までもそうしてきた」
「それじゃ時間がかかりすぎるわよ。いい方法があるんだけど」
ユーフェミアは、絵本を取り出して目配せしてみせた。
「というか、私も試すのは初めてなんだけどね」
「…は? おい、何を」
「そこに居て、試してみるから」
使えそうな”おまじない”には、もう、当たりが付いている。”嫌な人に見つからないためのおまじない”だ。
ユーフェミアは、男の腹のあたりに指を当てて、すばやく線を書いた。
「…何をしている」
「あれ?」
何も起きない、と思った次の瞬間、眼の前の男の姿が、印を描いたあたりから半透明になっていく。
「お、おい! これ…」
と、ちょうどそこへ、扉を叩く音がした。
「お客さん、どうされました」
騒ぐ声を聞きつけて、階下から宿の主人がやってきたらしい。
慌てている男をよそに、ユーフェミアは半笑いで扉を開けた。
「すいません、なかなか寝つけなくて」
「はあ、そうでしたか。男の声がしたような気がしていたんですが…」
「外の声だと思います。私一人ですから」
宿の主人にも見えるように扉を開いて部屋を見せてから、ユーフェミアは、神妙な顔で振り返って見せた。実際には、そこには息を止めて固まっている男がいるのだが、宿の主人には見えていないらしい。
「そのようですね、お邪魔いたしました。それじゃ、おやすみなさい。何かあったら声をおかけくださいね」
「ありがとうございます。」
扉を閉じてから、ユーフェミアは、思わずガッツポーズをした。
「やった! 成功!」
「成功、…って。あんたなぁ…」
男は、呆れ顔で自分の腹のあたりをさすっている。
それから、ふと真顔になった。
「…いや、待て。もしかして、これが島の古い一族が使っていたというルーンの魔法なのか?」
「そうらしいわよ」
ユーフェミアは、絵本を手に取った。
「今は誰も使わないのか、絵本なんかで出回ってるみたい。心配しないで、あなたの姿は私にはちゃんと見えてるから。これ、敵意を持つ人にだけ見えなくなるっていう”おまじない”なの」
「…なるほど。知識はなくても、あんたの力は本物、ってわけか」
男は、意味深に笑った。
「あんたがクリーズヴィ家の直系って話は、信用して良さそうだ。なら、ここは古えの作法に則って雇用契約といこうじゃないか」
「契約?」
「戦士の一族は支配者の一族に雇われる。契約者は、奉公の期限が尽きるまでは雇用者の命を守る。」
「その間、私は何を支払えばいいの?」
「決まってる。住処と食いもんの提供、身の安全の保障。 指名手配のならず者には、誰も手出し出来ないあんたの城はもってこいの潜伏先だな」
「ああ、食客みたいな感じの契約なのね。いえ、用心棒…かしら? いいわよ、お屋敷に部屋は沢山あるし。」
交渉成立の証にと、男が手を差し出した。ユーフェミアも、握手に応じる。
「それじゃ、よろしく。シグルズさん」
「”ローグ”と呼んでくれ。その名前は、故郷に捨ててきた」
「
握手している二人の足元で、熊が黙って満足そうな顔をしている。
ユーフェミアとしても、少しほっとしていた。
この先、どんな危険があるかも分からないのだ。同行者、それも事情に通じていそうな男が護衛についてくれるのは、心強かった。
あとは、再びフェンサリルへ赴いて、今度こそ殺されずに屋敷を調べ、村にも行ってみること。…ようやく、少しは前進出来そうな希望が見えてきたのだった。
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