エルクリッドーLightー

月影と向き合う

 彼女は灯火。


 彼女は光。


 彼女は悪夢。


 彼女は彼女。


 その身に宿りしは黒の力。


 その身に宿りしは白の力。


 その身に宿りしは赤の力。


 彼女は運命を乗り越えた、そしてその先へ進み行く。



ーー


 赤き水の水面にエルクリッドは浮かび、同じ顔をした黒髪のもう一人の自分アスタルテが隣に横たわり腕を絡め耳を食む。


「おめでとうございますお姉様、これでアタシも役目を果たして消えられます」


「よくもまぁそんなウソを言えるね、あたしだって馬鹿じゃないからわかってるよ」


 くすくすと不敵な笑みを浮かべながらアスタルテが跨ってきてもエルクリッドは動じず、彼女が首に伸ばす手を掴み顔を寄せ額を合わせ答えを口にする。アスタルテの、その目的を。


「あなたの目的はあたしに何かを思わせる事……あなたは、アスタルテの名前を持つ、別の何か、あたしの、何か」


「気づいていましたか、流石ですね」


「……時間、かかりすぎたけどね」


 手を離し再び寝そべるエルクリッドにアスタルテは覆い被さり身を寄せる。

 一つの身体に二つの心、何故そうなったのか、最初こそアスタルテに芽生えた自意識によるものとエルクリッドも思っていたが、そうではないと、気づけた。


「なら、アタシを殺しますか? 別に構いませんよ」


「ううん、そんな事はしない。だって、それをしたらいけないことってのもわかるから」


 科学者ネビュラが見越していたのかまでは今になってはわからない、だがそうなる可能性を想定はしていたというのは短い関わりの中でエルクリッドは想像がつき、最後まで嫌な置土産をしていったと思いつつもアスタルテの頭に手を置く。


「決着、ちゃんとつけないとね……あたし自身の為にも、火の夢エルドリックに関わった全てを終わらせる為にも、あなたと、向き合わないといけない」


「ありがとうございますお姉様、やはり、あなたは優しい人……」


 水の中へアスタルテ共々エルクリッドが沈み、やがて漆黒の世界に意識が沈む。そこから真白の光を感じ、静かに目を開けると夢から現へ帰還して身体に残る痛みが覚醒を促す。


(えーと……師匠に勝って、それから、倒れたんだっけか)


 まだ頭がぼーっとしつつもエルクリッドは状況把握に努め、自分の身体に抱きつくように眠るノヴァの存在と、焚き火を囲み座る仲間達が目を向けるのに気がつき微笑む。


「おはようございます、って、夜ですけど」


「おはようございますエルクリッドさん。改めてお疲れ様です、良い戦いでした」


 いつものようにタラゼドが優しく声をかけるのに安らぎつつ、エルクリッドは自分にかけられていた掛布をそっとノヴァにかけて彼女を寝かせてからシェダに話しかける。


「あたし、どのくらい寝てた?」


「小一時間、ってとこか。思ったより全然早く起きたからちょっと驚いてるが……」


 痛みは残っているが傷はほぼ癒えている。反面魔力はそこまで戻っておらず、アセスに至っては全員戦闘不能の状態だ。


 それだけの戦いをしたと言えばそうだろうが、次を思うと少し不安になりエルクリッドは俯く。


「まだ痛みますか?」


「あ、大丈夫ですリオさん。ただ少し、考えてる事があるだけです」


「無理はなさらず」


 ありがとうございますと返してからエルクリッドはふと焚き火を囲む中にクロスがいない事に気がついて辺りを見回し、少し離れた所で月を見上げているのに気がつき、彼もまたエルクリッドに気がついて振り返るとこっちに来いと手招きをする。


 その理由がエルクリッドは一瞬わからず立ち上がるのが遅れるものの、タラゼドが何かを言いかけたのに合わせて立ち、それから彼の方に向いてクロスの待つ理由を訊ねた。


「タラゼドさん、師匠は何で……」


「わたくし達には聞かせられない事がある、そうです。お気になさらず行ってください」


 背中を押すようなタラゼドの言葉とシェダ、リオの両名の頷きにエルクリッドは深々と頭を下げてからクロスの所へ駆けつけ、隣に立ち共に月を見上げる。


「師匠……あの……」


 クロスの方にエルクリッドが目を向けながら言いかけると、目の前に出されたカードが大きく映りそれを両手で受け取り見直す。

 螺鈿色に輝く月を画くカード。初めて見るそれが何かはわからなかったが、直後にクロスがそれを使って行ける場所があると述べ、さらに静かに語るのはエルクリッドに潜み続けるアスタルテの存在と火の夢の行方だった。


「お前の中にアスタルテがまだいるってのは十二星召全員の調査で知っている、それが良いのか悪いかともかく……少なくとも神の守護者がデミトリア殿に接触しお前を試していた点から、俺の役目はお前にそのカードを託す事、それを受け取るに相応しいかを見極める事になった」


「このカードは、どういうカードなんです?」


「カードの名は歌姫の調べ、創造神クレスティアの居城のある月へ至るためのもの。お前は神に会ってアスタルテをどうするか見極めて来い、それをもって火の夢の出来事は完全に終焉したものとする、それが、十二星召の決定だ」


 アスタルテの事が知られているのは薄々わかっていたが、改めて言われると不思議なものがある。同時に単に自分を処分するなどの強引な手段をせず、またユピアことノゾミの接触から創造神クレスティアへの道を示し、そこで答えを出す事を決めたと言われさらに不思議な気分になる。


 アスタルテとの対話をしたばかりというのもあるのかもしれない、だが、それも含めてのものと思いエルクリッドは歌姫の調べのカードを月に重ねながら魔力を込め、その場所へと向かう。


「スペル発動、歌姫の調べ……!」


 満月がよりいっそう輝きを増したかと思うとエルクリッドは何処か別の場所にいた。真白の床と壁と天井と、垂れ幕と、清らかな空気漂う神の居城へ。


 

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