創造神クレスティア

 静寂のみがそこにあった。


 だが厳かでもなければ冷たくもなく、あるのは大切な者達の待つ場所にいるような心地良さ。


(ここが、神の……?)


 創造神クレスティアの居城、らしき場所を見回すエルクリッドは奥に続く通路を見つけそこへと歩む。


 少し長い通路を抜けた先には不思議な世界が広がっていた。満天の星が煌めく草原、そこにぽつんとある椅子と机があり、椅子には紺碧の長い髪を持つ人物が座っていた。

 恐る恐るエルクリッドが近づくと、すっとその人物が空いている椅子を指して座る事を促し、深呼吸をしてからエルクリッドは椅子に座って覚悟を決めその人物を捉える。


「お待ちしていましたエルクリッド……ずっと、あなた方をここより見ていました」


「創造神、クレスティア……様」


 柘榴色の目は宝石の如く美しく、整った顔つきは幼さもあるが凛とし、その声色は優しく穏やかすぎて、エルクリッドは一気にあらゆる感情を洗い流された。


 創造神クレスティア。碧き衣を纏うその出で立ちは騎士のようにも見え、同時に、十二星召クレスとよく似た姿と気づきつつも微笑みながら振り向く神に会釈し手を膝に置く。


「さて……何から話しましょうか。貴女のもっている私への疑念と怒りを受け止めるか、貴女の中にいる妹たる存在に触れるか……」


 顎に手を当てながらうーんと悩むクレスティアの姿は想像していたものと全く異なり、エルクリッドを困惑させる。

 見た目は自分とあまり変わらない年頃で、それでいて神たる存在ながらも親しみやすく話しやすさすらあり緊張感と呼べるものは感じない。


 だがそうした印象とは裏腹に、瞳の奥の強い意思はエルクリッドにもわかった。多くのものを見てきた者が持つもの、百戦錬磨のデミトリアや妖魔故に永き時を生きるリリル等以上に深いものがそこにある。

 どれだけの年月を神として過ごしたのか想像もつかない、そして、そうであっても失わずにいる確かなものがあって、それが一人世界を見守る神の支えなのだろうと。


(この人は……本当に……)


 エルクリッドの視線に気づき苦笑いを見せるクレスティアにエルクリッドは申し訳気持ちでいっぱいになり、席を立って大きく頭を下げた。


「ごめんなさいクレスティア様、あたし……なんか勘違いしてました。辛い時に神様は何もしてくれないって……でも、ホントは……」


「それ以上は言いっこなしです、エルクリッド」


 すっと手を軽く前に出して制止を促しながらクレスティアはエルクリッドを止める。そのまま席に再び座らせると、小さく息をついてから星空に目を向け、身体を向け、静かに吹く風に髪を流しながら語るのは神として見てきたものの一部、神故の、孤独というべきもの。


「私はエタリラだけでなく、数多の世界を見守り続けてきました。そして思うのです、世界とは神たる存在が介入しようとしまいが己の道を進むように必要な出来事を生み出す……火の夢エルドリックと原初のリスナーたるフォルテがそうであるように、デミトリアや、クロス、そして貴女のような存在もまた出現させ、困難を乗り越えていく……」


「えっとそれは……クレスティア様が何もしなくても、世界には悪い奴が現れたり、それをやっつける人達が出てくる……って事ですか?」


「エタリラで言えばクレスの身体を借りて私は活動できますが、以前貴女と戦った時以外では巫女の鍛錬の一環として借りたくらいです。それ程に私が何もせずとも、世界とは無常なもの……変化し続けるものなのです」


 創造神自身の言葉として伝えられてるのもあってか、あるいはクレスティアの優しい声のせいか、エルクリッドは彼女の言葉をすんなり受け入れる信じる事ができた。

 

 かつて風の国で起きたという妖狐ルナールの国盗り物語も、デミトリアとメビウスの活躍によって阻止された。

 火の夢の事件もクロス達の活躍によって解決され、そして、その残り火もエルクリッド自身が終結させたのは紛れもない事実としてある。


 親の手を離れた子供が新たな場所へ行くように、クレスティアの手から離れ育った世界もまた、同じように己の道を進んでいるのかもしれないと。


「神とは貴女が思っている程万能ではありません、むしろ私の存在すらも理の一部でしかない……納得していただくのは難しいでしょうが、私から貴女に伝えられる真実はそれだけです。申し訳ありません」


「あ、いえ……別にそんな……」


 丁寧な対応と精一杯の答えを伝えんとするクレスティアの姿勢にエルクリッドの胸から神への怒りは消えていた。

 恐らくクレスティア自身もエタリラをはじめとする世界で起きる悲劇を何とかしたいと思っていても、彼女の言う無常なものが、神すら理の一部でしかない大いなるものがそうはさせないのだろう。


 だが同時に、悲劇を終わらせる者を自然と生み出すのも世界というのも納得ができ、一人の人生に良い事悪い事の繰り返しと積み重ねが導くものが、世界という数多の命生きるものにもあるのかもしれない。

 クロスが戦いの中で話した可能性についても、そういうものから来てるならばとエルクリッドは思えた。


「あたしは、辛いことばかりあったし神様も憎んだりもした。ホントは会ったら文句言って殴ろうって……でも、そんなじゃ駄目だって今は思います、あたし達の神様はちゃんと考えてくれてて、優しい人ってわかったから」


「……ありがとうございますエルクリッド。その言葉を言ってくださっただけで、私も、救われた気持ちになります」


 優しさ、それがクレスティアの根源にあるとエルクリッドは悟る事ができた。恐らく彼女と会って話した事のあるクロスやデミトリアも、同じ事を思っていただろうと、そう信じる事ができる程に。


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