召喚札師ーBatonー

可能性をその胸に

 そのカードに思いを込めて戦う。


 そのカードの思いを受けて戦う。


 そのカードは手から離れた。


 そのカードが手にある。


 リスナー、声を聴く者、カードに思いを込め心を通わせたアセスと共に戦い抜く者。


ーー


 ローレライとイェーガーがカードに戻りエルクリッドとクロス、それぞれのリスナーの手元へと戻った。


 円陣サークルでの戦いで反射はないが魔力の消耗はしっかりされているし、受けた傷の痛みも軽減されてるとはいえズキズキと痛む。


(ありがとうローレライ……次は、セレッタ、お願いね)


(我が麗しきエルクリッドの為に……恐らく僕の相手は、あの狐でしょうから)


 エルクリッドが心で対話しながら水馬ケルピーセレッタのカードを引き抜きながら前を見据え、同じくカードを抜くクロスもふっと笑い強くなったなと改めて声を飛ばす。


「エルクリッド、それにスパーダ……旅を始めてからアセスになったダインも、ローレライも、最後まで勝ちに来てたな。お前の為に」


「師匠達だって同じじゃないですか、むしろあたし達よりも……」


「付き合いが長いからな、良い事も、悪い事も、共に過ごした。だから力を合わせて前に行けるし、それはお前達も同じ……それがリスナーの真髄で、可能性なんだ」


「可能性……ですか?」


 当たり前のようにアセスと共に過ごす事の意味をエルクリッドは考える。確かにクロスの言うように良い事も悪い事も、アセスと共に過ごして今に至る。

 もちろん仲間達もいて、その出会いや共に旅をする事で多くを知り今がある。かつてクロスも、それ以外の出会ってきたリスナー達もそうだと思うと、積み重ねてきたものが何かを指し示す気がした。


「可能性ってやつは良い方にも行くこともあれば悪い方にも行く、良くも悪くも、その繰り返しで世界は築かれてきた……お前が火の夢っていう可能性もそうだった。そしてお前自身がその事を良い方に向けてここへつくだけのものになったのは、わざわざ言わなくてもわかるだろ」


 胸に手を当ててエルクリッドは目を瞑りながらクロスの言葉を受け止める。確かに自分の中にあったもの、出生にまつわる物は一つの可能性として存在し災いとなり得たもの。

 だが、それがなければ自分がいなかった事も、その理由や、答えを知れなかったことも、たとえそれが背負わされたものであっても、道を選んだのは己自身でありそれもまた一つの可能性が生んだものと。


「あたしは、自分が不幸って思わない。確かに辛い事ばかりで、何であたしは望んでないものを与えられたのかとか考えたりもしたけど……でも、悩んでるだけで何も変わらないなら今できる事をしたい、できる事があるならやらなきゃって思って、ここまで来たって今はわかります」


 何度泣いたかわからない。何度心が苦しくなって、身心ずたぼろになって、怒り、憎しみ、悲しんで、でも、それよりも強い願いを胸に切磋琢磨してきた。


 静かにエルクリッドは戦いを見守る仲間の方に目を向けて頷き、クロスの方へと向き直りながら手にするセレッタのカードに魔力を込め、クロスもまた次のアセスを引き抜き構える。


「さぁ、続けるぞ。戦場を仕立て上げて来い、シュナイダー!」


「はい! 仕事の時間だよセレッタ!」


 冷気と共に九つの尾を広げながら氷狐シュナイダーがクロスの前に華麗に降り立ち、水流と共に水馬ケルピーセレッタも凛々しく舞台に立つ。


 いつになくセレッタが蹄から噴き出す水の量を多くしながらも静かにそれを周囲に貯め、シュナイダーもその場から動かず冷気を湛えながらふっと笑う。


「さて……若造がどれだけ成長したか見せてもらおうか」


「なら僕はご隠居に引退を叩きつけて差し上げますよ!」


 言葉を交わし終えると共にセレッタの意思で水が空へと飛び、巨大な水球を作ってから数多の矢となってシュナイダーへ降り注ぐ。

 それを捉えながらシュナイダーは九つの尾に冷気を纏わせて振り抜き、矢を切り落とすと同時に凍結させ粉砕してすぐに前へと走る。


 刹那にセレッタが空中の水球を維持せず崩壊させてシュナイダーに浴びせる形で攻めながら正面に水壁を作って行く手を阻む。が、シュナイダーは冷静に身体を一回転させて凍結と両断とをこなして道を切り開き、すぐにセレッタが目の前から消えてるのを察すると前足を強く踏みしめ、そこを起点に舞台を凍結させ水の中に潜むセレッタを飛び出させた。


「相変わらず器用な事をする、だが、それでワシを倒せると思うな」


 半身を液化させて滑るようにシュナイダーの冷気から逃げるセレッタだったが、上空から意趣返しとばかりに氷の矢が降り注ぎ咄嗟にそれらを避ける為に身体を戻し、刹那に炎の薄い膜が包み込みそれがエルクリッドのカードによるものと察する。


「スペル発動ファイアブラインド、セレッタ、これで少しはマシでしょ」


「感謝しますエルクリッド!」


 ファイアブラインドに包まれた状態のセレッタが切り返してシュナイダーへと向かう。

 両アセスは同じ水属性だが水と氷という支配するものの違いは戦闘では有利とも不利ともなり、それをどう制するかがこの戦いの鍵となる。


 本来ならセレッタと相性の悪い火属性スペルを使う事でエルクリッドは対抗し、クロスもまたそれに対しカードを抜きシュナイダーも応えた。


「ツール使用、久遠の氷鎧……!」


 銀氷の鎧が静かにシュナイダーの身体に装着され、放たれる冷気が強さを増して吹雪を起こす。その猛威にセレッタは圧されて立ち止まり、ファイアブラインドが剥がされかき消される。


 水属性の力を高め、特に氷結の特性を格段に強くする久遠の氷鎧は氷を操るシュナイダーには好相性のツールだ。

 対するエルクリッドはセレッタ向けのそのようなカードはない。しかし、だからこそ己の可能性を信じ赤き光を手に纏う。


(あたしの可能性、この力を……!)


 己の可能性と力を胸にエルクリッドはカード引き抜く。未来へ進む為に、勝利の為に。

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