紡がれるもの

 心の奥底でほくそ笑むアスタルテの気配をエルクリッドは感じながらも、目の前の戦いに集中し直す。

 堅牢なパンツァーを打ち破るには強化スペルを使った攻撃を確実に、正確に当てなければならない。


 だがそれをクロスは見越して立回らせながらカード入れに手をかけ牽制をする。単純だが効果的な方法で、しかもそれは最大の反撃となるのだから。


(師匠ならどうしてくるか、あたしがどうやって予想を越えるか……何か、あるはず……!)


 考えるのに時間を割きすぎてもクロスの方から仕掛けてくる、エルクリッドは僅かな時間の中で己のこれまでの経験から最適な一手を考え抜き、そして辿り着くと自然にカードを引き抜き力強く前に突き出し発動する。


「スペル発動アセスフォース! あたしは、ヒレイを選択!」


 そのカードの名にクロスが目を見開きすぐにカードを引き抜き備える。アセスの力を攻撃スペルとして発動するアセスフォース、そして選んだのは真化している事で使用後にダウン状態にならず、仇敵だったバエルが使うのと同じ組み合わせとなるヒレイだ。


「スペル発動フレアガード!」


 カードより放たれる白き炎が翼を広げ飛ぶドラゴンを象りながらパンツァーへと迫り、赤き炎の壁を発生させるフレアガードもろとも飲み込み天へ昇る火柱を作る。


 同じ火属性の性質をぶつけての軽減策だが真化したアセスたるヒレイのそれはフレアガードでは完全に防げず、パンツァーの身体を焦がしハリを溶かす。当然その瞬間を逃さずにスパーダが攻めに行き、クロスがカードを使うよりも前に横一文字に振り抜かれる剣が炎もろともパンツァーを切り裂いた。


(手応えあり、ですがまだ終わりではない……!)


 ハリごと背中を切りつけられ血を飛ばすパンツァーだが目つきを鋭くしてスパーダへと飛びかかり、鋭い前足の爪を突き立てそのまま押し倒す。

 と、刹那にスパーダは離脱しがらんどうとなった鎧が散らばると同時に剣を振り上げ、パンツァーの喉を捉えて一気に首を跳ね飛ばした。


 だが首を跳ねられた瞬間、パンツァーの身体がぐるんと回って背中から倒れるような形でスパーダの鎧を巻き込みながら倒れ、ほとんどの部分を砕いてからカードへ姿を戻す。


「アセスフォース……バエルのより出が速いってのは厄介だな」


「パンツァーも最後の最後で嫌らしい事しますね、でも、らしくていいや」


 ふっと笑うクロスに苦笑いで返すエルクリッドはスパーダをカードへと戻し、色彩が失われる絵柄を見届けてからカード入れとしまった。


 倒れる間際の刹那に幽霊騎士スペクターナイトのスパーダの弱点である鎧という媒介を砕いてみせ、全てではなくとも大部分を巻き込んで維持できなくさせて相討ちとする。

 指示を受けたからそうしたのではなく、経験から知っていた事を倒されるのを悟った瞬間に実行した。


 倒せはすれども相討ち、想定通りではないが結果的には最低限の消耗で済んだ。しかし次はどうかはわからないし何が起きるかはわからない、アセスフォースでの奇襲もバエルのそれのように必殺とはいかず二度は使えないとエルクリッドは感じ取る。


(あたし達の一手一手を確実に読みながら、想定外にも即座に合わせてくる……アセスも自分の役目をわかってて、師匠の為に勝とうって心構えでいるから最後まで食らいついてくる)


 本気で相対し戦えるだけの腕を持つに至ったからこそわかるものがある。これまで追いかけるだけの存在に並び立てたからこそ、理解し戦慄する事や尊敬し直せるものがあると。


 そして、クロスやそのアセス達はかつてこの世界を仲間と共に旅をし、多くを経験してきたと、エルクリッド自身がそうであるように確かなものを得て、さらにその先へ紡ぐのだとわかった。


(師匠は、旅しながら何を思ったんだろう。あたしと同じように強くなりたいって思ったのか、別の事か……それを経て、あたしと出会って……かつて来た場所にいる)


 クロスと今の場所で戦う事の重さを改めて感じて萎縮しかける。しかし、すぐに深呼吸をして両頬をパンっと叩いて真っ直ぐ前を見つめ、エルクリッドはゴーグルをつけて気を引き締め直す。


「絶対にあたし達は勝ちます、勝って先に行くんだからっ!」


「全力で受けて立つ、来いエルク!」


 双方のリスナーの闘志が魔力を滾らせ風を起こしぶつかり合う。同時にカードを引き抜き、次のアセスを召喚する。


「仄暗き深淵より頭を上げ、星に祈りを捧げよ! 行っておいで、ローレライ!」


「戦場を駆け抜けるは必殺の一矢……! 射抜け、イェーガー!」


 白き煙を巻き上げながらぬうっと姿を現す魔獣ローレライと、吹き抜ける風に降り立つように現れる魔人イェーガーが互いに相手を捉え、イェーガーはちらりとエルクリッドの方に目を向け静かに弓を手に取り声をかけた。


「手は抜かない、遠慮せずに来い、エルクリッド」


「最初からそのつもりですって! ローレライ、あなたの力を見せてやって!」


 半透明の身体の中の光を明滅させながらごぽごぽと音を立ててローレライか応え、ヒレから白い煙を噴出し舞台の上を包み隠す。片やイェーガーも矢筒に手をかけて一本の矢をとって番え、しばしの沈黙が続く。


 先の戦いでパンツァーが開けた穴の一部が崩れ音を立てたのに合わせてローレライががぱっと口を開けて赤い光をイェーガーに浴びせるも、すかさずイェーガーに口の中を射抜かれそのまま矢が頭を貫く。

 だがローレライはそのまま熱線を放ってイェーガーを焼き切りにかかり、横に避けたイェーガーは服の端が焼け焦げたのを見てなるほどと漏らし静かに闘志を燃やす。

 

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