第8話 部隊ゼロ、初陣

ドームは秒ごとに暗さを増し、影が伸び、やがて闘技場全体を呑み込んでいった。

一瞬、息が詰まるような静寂。

そして――低く、喉の奥から響く唸り声。あまりにも近い。


体がこわばる。桜が私の腕にしがみついた。


「ヒラくん……今のって、お腹の音だよね?」


「……もし俺の腹があんな音出すなら、とっくに死んでる」


クラスに不安混じりの笑いが広がったが、それもすぐに途絶える。

クラリッサ先生の声が、 chamber 全体に響き渡ったからだ。


「ようこそ。これが最終試験――生存テストです」


床が再び軋み、円状に割れ、深い穴が口を開ける。

そこからせり上がってきたのは檻。青白く光る封印の紋が刻まれている。

その中には……怪物たち。


霊獣。


馬ほどもある影炎を纏った狼。

鎧のような体節を幾重にも巻き付けた巨大ムカデ。

そして、翼が多すぎるカラス――羽からは血のように墨が滴っている。


肌を刺す霊気。

幻ではない。本物だ。封印で縛られているだけ。今のところは。


クラリッサ先生は一歩進み出て、静かな威圧感を放ちながら告げる。


「これから、森の訓練区域に転送されます。各班ごとに異なる脅威と遭遇するでしょう。目的は討伐ではありません。――耐え抜くこと。協力すること。六時間、生き延びることです」


「ろ、六時間っ?!」桜が悲鳴を上げる。

「永遠みたいじゃん!」


ミキオは冷静に炎で空中に文字を書く。


『六時間』


クラリッサ先生は頷いた。


「そう。六時間です。持ちこたえ、脱落せず、仲間を守りなさい。倒れた者、“殺された”者は自動的に転送されます。班全員が脱落すれば――不合格です」


檻が揺れ、獣たちが封印を叩きつける音が雷鳴のように響く。


クラリッサ先生の瞳が鋭く光った。


「皆さんは祓魔師候補です。悪霊も魔も、あなたの準備を待ってはくれない。この試験で、この場に立つ資格があるかを決めます」


ごくり、と唾を飲む。

桜でさえ黙り込んでいた。


そして、先生は手を挙げる。


「――班ごとに、備えなさい」


轟音とともに床が割れ、三つの巨大な石の台座が現れる。

それぞれ光の流れに運ばれ、分離していく。

やがて私たちの台座は、紫の霧に覆われた森へと降下した。月光が地に届くことのない、不気味な森。


揺れが止むと、桜が私の背後から顔を覗かせる。


「これってホラー映画の冒頭っぽくない?」


「……お前が真っ先に死ぬ役だな」


「ひどっ!ヒラくんなら助けてくれるでしょ!」


返事はしなかった。ちょうどその時、最初の檻の封印が裂けたからだ。


狼の霊獣が飛び出す。

赤く燃える眼、影炎を纏った毛皮。咆哮だけで空気が震える。

大地に着地した瞬間、地面が揺れ、試験は始まった。


「散開しろ!」思わず声が出る。


桜が目を瞬かせる。

「え?いつから命令する側になったの?」


狼が飛びかかる。反射的に桜を突き飛ばし、爪が地面をえぐる。


ミキオが両手を叩き合わせる――ドンッ!

雷鳴のような轟音が狼の耳を襲い、獣はよろめいた。


「ナイス!」桜が狐火を纏い、幻影を三体生み出す。

狼をからかうように跳ね回る幻影。


「こっちだよワンちゃん!」

「残念、ここだってば!」

「捕まえられるもんなら捕まえてみて!」


狼は空を噛み、幻に翻弄される。


好機だ。


私は前へ飛び込み、刃と化した手に黒いオーラを凝縮させる。

肩口に斬撃を叩き込み、狼を後退させた。制御できている感覚――均衡。


だが、桜の叫びが背後から響く。


「ヒラくん!後ろっ!」


振り返る。霧を割り、地を裂いて迫るムカデの霊獣。


「……冗談だろ」


遠く、他班の様子が霞の向こうにちらついた。


藤の班――〈クラウドナイン〉は既に大混乱。

金属の翼で蝙蝠霊を切り裂く藤。

銃の射撃を外しまくるミカサ。

火がまともにつかず苛立つタリア。


「連携だ!」と藤は怒鳴るが、無駄だ。


一方、双子の班――〈ニュームーン〉は鮮やかだった。

ユキとスキが一糸乱れぬ剣撃で熊霊を追い詰め、

ジャクソンは血を鞭に変え、足を絡め取る。

冷静かつ恐ろしいほどの連携。


「見せつけやがって」と舌打ちする。

だが振り返る暇はない。狼が立ち直り、ムカデの顎が迫る。


「作戦タイム!」桜が叫ぶ。


「そんな余裕ない!」私は吠える。


ミキオがもう一度手を叩き、狼をよろめかせる。

だが額には汗。長くは保たない。


ムカデが毒液を吐き、大地が溶ける。


「毒ぅ?!最悪!」桜が狐火を撃ち込むが、怯むだけで止まらない。


このままじゃ持たない。


――考えろ。


狼は速いが無謀。

ムカデは硬いが鈍重。

互いの弱点を補っている。


なら、ぶつければいい。


「狼を引きつけろ!」


「え、私一人で?!無理無理!」


「“無敵”って自分で言ったろ」


「うそっ……覚えてたの?!」


それでも桜は走った。幻影を乱舞させ、獣を翻弄する。


ミキオが私を見る。

私は短く言う。


「怒りを煽れ」


目を見開き、頷くミキオ。両手を叩く――今度は怯ませるためではなく、怒りを増幅させる音。

狼が狂乱し、暴れまわる。その牙は――ムカデへ。


ムカデも毒を吐き、二体の霊獣は激突した。


桜が呆然と立ち止まる。

「……そんなのアリなの?!」


私は刃を構え、呼吸を整える。


「もうやっただろ」


試験はまだ始まったばかりだ。

だが初めて、胸の奥に走るのは恐怖でも苛立ちでもない。


――火花。


ほんのわずかだが、確かに芽生えていた。


スクワッドゼロに……勝ち目があるかもしれないという火花が。


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ヒカル:


――はい、そんなわけで最終試験でした。

炎を纏った狼、毒を吐く巨大ムカデ、インクを流すカラスもどき……そして六時間ずっと俺の耳元で叫ぶ桜。

こんなの考えたやつ、絶対サディストだろ。


まあ、いいニュースも一つ。

ミキオが珍しく俺の指示を聞いたし、桜も……まだ全てを台無しにはしてない。まだな。


(桜「失礼な! 私の幻術がMVPでしょ!」)

(ミキオ「……自分の尻尾で転びかけただろ」)


……これが俺の人生らしい。


それと、どうやら読者のみんなに「コメントしてください」って言わないといけないらしい。

言わなかったら桜が勝手にやるからな。

――誰もそれは望んでないだろ。

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