第7話 スクワッドテスト

ついに試験の日がやってきた。


クラリッサ先生が初めてそれについて触れた瞬間から、俺はこの日を恐れていた。そして、追い打ちをかけるように、桜は当然のように俺の腕にべったり張り付いていた。


寮を出てからずっと喋りっぱなしだが、俺は一言も聞いていなかった。まったく、ちっとも。


「試験、緊張してるの、ヒラくん?」

桜はあのウザい輝きを目に宿しながら、首をかしげて聞いてくる。


「いや……ちょっとイラッとしてるだけだ」

俺はつぶやく。


「だって、ヒラくんは無敵だもんね」


眉がピクッと動く。

「もう一度それ呼んだら、野球のボールみたいに投げるぞ」


「絶対しないよね?」

彼女は自信満々だ。


振り返って睨む。

「なぜ俺がしないと思うんだ?」


「だって私、可愛いから」


……全神経が彼女を宇宙まで吹っ飛ばしたいと叫んでいた。腕を抑えるのに全力の意志力を振り絞る。


ようやく訓練ホールに到着。巨大なドーム型の建物で、初日試験にはあまりにも威圧的すぎる。天井はあまりにも高く、まるで空そのものが閉じ込められているかのよう。アリーナの床を囲むように座席が並び、観客に見られているかのような緊張感を演出している。


クラスメイトはすでに集まり、緊張でざわめいていた。フジは剣を磨きながら戦場前のように構え、ミカサはオーラ銃をいじってそわそわ、ステージ恐怖症のように光ったり消えたり。双子のユキとスキは壁にもたれ、冷静ぶっているが多分気持ちはバレバレ。


その間も、桜は俺の腕を離さない。


「おい、試験始まる前に袖が破れるぞ」

俺は呟く。


「でも怖いものと戦わなきゃいけなかったらどうするの?」

彼女はぷいっと膨れっ面。


「なら、ジャケットじゃなく自分の力を使え」


次の反論が出る前に、ドームの奥の重い扉がきしみ、クラリッサ先生が入ってきた。全身から漂う冷静な自信が、場の空気を一瞬で静める。今日はいつものラフな服ではなく、黒の制服ジャケットに白のブラウス。長い髪もきちんと束ねられている。


彼女は一度手を打つ。鋭い音がドーム内に響いた。


「さて、クラスの皆。今日から君たちは祓魔師としての道を歩み始める」

鷹の目のように俺たちを測る視線。

「これからの訓練は厳しさを増す。しかしその前に、私が言った隊編成試験を受けてもらう」


ため息が出る。やはり。


「試験は三部構成だ」とクラリッサ先生は三本の指を立てて続ける。

「一つ目は戦闘能力。二つ目はチームワーク。そして三つ目……」

間を置き、薄く微笑む。

「……適応力。いくら強くても、状況に対応できなければ意味がない」


ざわめきが広がる。やる気満々の者もいれば、顔色の悪い者も。


俺は胃がねじれるのを感じる。初日から試験だなんて……一週間くらい猶予をくれよ。


「各隊は協力してこの試練に挑む。個々の力だけでなく、互いを支えられるかが合否を決める。覚えておけ……祓魔師は一人では戦わない」


視線がしばらく俺たちを捉え、ついに言った。


「では……始めよう」


クラリッサ先生が指を鳴らす。


ゴゴゴと床が割れ、訓練用の人型構造物が現れる。いや、人形ではない。硬化オーラ石で作られた身長二メートルほどの人型構造物で、継ぎ目が淡く光り、内部に霊核が詰め込まれているかのよう。


「これが戦闘シミュラクラだ」

「攻撃と防御能力を測るために設計された。私が止めるまで攻撃をやめない。任務は単純、制圧せよ」


「単純だってよ……」

小さくつぶやく。


光る目が点灯し、重い足音がドーム内に響く。


「まずはゼロ隊から」


桜の握力が強まる。もちろんだ。


「やったー!」

彼女は石像の兵士が迫っていることなど完全に無視して喜ぶ。


無言でミキオが前に出る。空中に赤い文字が浮かぶ。「俺が開幕を担当する」


一歩踏み出すと、衝撃波が走り、近くの構造物が後退。胸部に亀裂が入る。


桜の狐のオーラが光り、尻尾のように光が渦巻く。

「残りは私に任せて、ヒラくん!」


「待て」

言いかけたが、もう遅い。


光る拳を構造物に叩き込む桜。しかし、ほとんどびくともしない。反動で後ろに吹っ飛ばされ、俺の方へ直撃。


「おい!」

本能で抱き止め、衝撃に耐える。


彼女ははにかんで笑う。

「えへ…計算間違えたかも」


「だろうな!」

俺は彼女を立たせる。


二体が突進してくる。ミキオが音波を放つも、構造物はすでに順応して動きが鋭くなる。


「ちっ」

刀を抜き、黒いオーラが刃を覆う。一撃で構造物の胴体を切り裂き、霊核が砕けて崩れ落ちる。


みんな一瞬固まる。クラリッサ先生も眉を上げる。


「……なるほど、効率的ね」


桜は頬を膨らませる。

「ヒラくん、また見せびらかしてる…」


「死なないようにしてるだけだ」

俺はつぶやく。


二体目の石拳が振り下ろされる。反射で潜り、鋭く斬り上げる。刃が紙を切るように構造物を裂く。


ミキオが最後を集中音波で仕留め、胸部を粉砕。


こうして、ゼロ隊は勝利を収めた。


ざわめきが広がる。視線を感じる。感心する者、羨む者、苛立つ者。


クラリッサ先生は手を打つ。

「良し。それが決断力の水準だ。ただし覚えておけ、カゲ……」

目を合わせる。

「生の力だけでは、隊がついてこれなければ意味がない」


うなだれるが反論せず。間違ってはいない。


クラリッサ先生は手を打つと、戦闘用人形の破片が床に沈み、アリーナは元通りに戻った。


「さて、戦闘だけでは足りない。次はチームワークを測る」

先生の声は冷静そのまま。

「どんなに強い祓魔師でも、連携できなければ失敗する」


──最悪だ。


床が再び変化し、広大な障害物コースが現れた。壁、穴、動く足場、そして地面には奇妙な霊紋が光っている。


「ルールは単純」

クラリッサ先生は説明する。

「各隊は全員一緒に向こう側まで到達せよ。一人でも遅れれば、隊全体が失敗となる」


桜は拳を突き上げる。

「チームワーク! 私の得意分野!」


俺は視線を送る。

「本当に? さっきの石人形にすら一撃も当てられなかっただろ」


「戦略だったの、ヒラくん!」

胸を張って言う。

「防御を探るためにやったんだから、あなたが仕留められるように!」


「……そういうことにしておく」


ミキオは空中に文字を書いた。

「これは悪夢になるな」


「言わないで!」桜は叫ぶ。

「絶対に一緒にクリアするんだから!」


クラリッサ先生が手を上げる。

「ゼロ隊! また最初に行け」


──もちろん。


スタートのベルが鳴ると、コースが動き出す。壁が立ち上がり、霊紋が光り、複雑なパターンを描く。


ミキオは素早く指示を送る。火文字で「パターンロック。タイミング必要」と書く。


桜は首をかしげる。

「わかった! ただ突っ走ればいいんだね!」


止める前に、彼女は前へ突進し、光る霊紋に突っ込む。霊風が吹き、彼女は地面に転がって俺の足元に。


「……戦略?」

見下ろす俺に、桜は床から親指を立てる。

「うん…戦略だよ!」


ミキオは無言でため息をつき、手を叩く。振動が霊紋を一瞬止める。


「今だ」

彼の合図で、俺は桜の腕を掴み、二人で通過。霊紋が再び点滅し始める。


次々と障害を突破する。

光る火の溝の上でのバランス。途中で高さが変わる壁。踏むと回転する足場。


桜の“助け”は、ほとんどが転びかけて俺を巻き込む形で、叫ぶ。

「離さないで、ヒラくん!」


「なら俺を引っ張るな!」


ミキオは音波で先行し、炎の文字を残して道しるべにする。「ここでジャンプ。今しゃがめ。左の道は安全」


彼がいなければ、初っ端で焼け死んでいた。


ついに三人はゴールに倒れ込む。汗まみれ、擦り傷だらけだが無事だ。


クラリッサ先生は眉を上げる。

「雑……だが効果的。合格」


──雑すぎる。


次はクラウドナイン隊。


フジは指を鳴らし、翼を広げる。

「ついてこい」

一気に半分の障害を飛び越え、七つ舞を放つ。構造物は即座に粉砕。


タリアは火で補助するが制御を誤り、フジはコンボの最中に回避。

「気をつけろ!」


「ご、ごめん!」

必死に調整。


ミカサはオーラ銃を召喚するが、二発目は石像の肩をかすっただけ。

「くっ、当たらない…」


苦戦の末、フジの指示でようやくクリア。


クラリッサ先生は頷く。

「悪くない。だがもっと同期しないと」


最後に双子隊。


ユキはニヤリと笑い、霊刃を抜く。

「見て覚えろ」


スキは目を剥く。

「見せびらかすな」


二人は影のように動き、互いの動きが完璧に同期。

ジェクソンは遅れ、血の鞭で助けられつつ、双子に引きずられてクリア。


チームワークは……恐ろしく有効。


クラリッサ先生は微笑む。

「素晴らしい。これで戦闘評価は終了」


肩の力を抜く。テスト一つ終了。残り二つ。


だが、次は“簡単”ではない予感がする。


クラリッサ先生は手を打つ。破片は消え、アリーナは元通り。


「次は、戦闘だけでは足りない。チームワークを測る」

障害物コースが現れ、次の評価に移る。


そして、天井から奇妙な影が伸びる。翼のように広がり、低いうなり声が響き渡った。


「生存試験――」


ドーム内が暗くなり、緊張が一気に高まった。


ドーム内が暗くなると、低いうなり声が全体に響き渡った。まるで獣が獲物を狙うかのような重低音だ。


「これが……生存試験か」

俺は独りごちる。桜はまだ腕に絡みついたまま。


「ヒラくん、怖い?」

彼女は少し震えながらも、無邪気な笑みを見せる。


「……少しな」

俺は答える。


コースの端に、巨大な影がうねりながら現れた。複数の黒い霊体が宙を泳ぎ、突如攻撃してくる。光の矢や霊撃が飛び交う。


ミキオが手をかざす。音波が霊体に反応し、衝撃で一体が吹き飛ぶ。

「ペースを乱すな」

小さく囁く。


桜は尻尾のように光るオーラをまとい、霊体に突進。数発殴りつけるも、霊体は煙のように避ける。


「くっ……やはり生半可な力では通用しないな」

俺は刃を抜き、黒いオーラを帯びた斬撃を放つ。刃が影を切り裂き、霊体の一部を消滅させた。


桜が驚いた顔で振り向く。

「ヒラくん……すごい」


「手伝えよ」

俺は彼女の腕を掴む。


次々と影が襲いかかる。動きが速く、形を変え、俺たちの連携を試すかのようだ。


ミキオが指示を送る。火の文字が空中に浮かび、道しるべとなる。

桜はわけもわからずついてくるが、それでも俺の指示に合わせて動く。


一度、桜が転びそうになり、俺はすぐに抱き止める。

「離すなよ」

「うん、離さない!」


霊体の攻撃を避け、罠をくぐり、連携しながら前進。汗と擦り傷で体力は限界に近い。


ついに、最後の影が消え去った瞬間、ドームの光が戻る。


クラリッサ先生が手を打つ。

「良し……全員生存。これで三つの試験すべて終了」


肩の力を抜く。疲労と安堵が入り混じる。


桜は息を切らしながらも、満面の笑み。

「やったね、ヒラくん!」

俺は軽く肩をすくめるだけ。


ミキオは無言で空中に文字を書く。

「……やっと終わった」


クラリッサ先生は静かに見回し、言葉を続ける。

「今日の試験でわかったこと。力だけでは生き残れない。協力し、判断し、対応できる者こそ、真の祓魔師となる」


俺は深く息をつく。初日から限界まで試されたが、まだ序章にすぎない。


桜が小さく笑う。

「ヒラくん、これからもよろしくね!」


俺は軽く頷く。

「……ああ、よろしく」


窓の外に夕陽が差し込み、ドームをオレンジ色に染める。

この瞬間だけ、静かな安堵が流れた。


──だが、明日からは新たな戦いが待っている。

クラスF、最低のクラスに押し込まれた俺たちが、どこまで成長できるのか。


胸の奥で、静かに何かが燃え始めた。


「……よし。始めてやるか」


ヒラ・カゲ、新しい日々の始まり。

エーテルアカデミー、クラスFでの戦いが、今、幕を開ける。


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(ヒカル):


試験、二つ終了。どちらもそれぞれ災難だった──一つは桜の「戦略」のせい、もう一つも……まあ、結局桜のせいだ。そして今度はクラリッサ先生が「生存試験」という言葉を、まるで何でもないかのように放り投げてきた。素晴らしい。まさに今日必要だったものだ。


正直なところ、もう確信している。本当の試験は、オーラ人形や障害物コースではない。僕の我慢との戦いだ。

……そして、こうしてメモを書こうとしている間も腕にべったり張り付いている桜を見れば、どうやら僕はすでに敗北している


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