第7話 ギルド戦争の幕開け

 街の空気が、少しずつ変わっていた。

 赤牙の挑発以降、プレイヤーたちは警戒を強め、広場では「白百合に加わるべきか」と囁く声が日常になっている。

 ギルド同士の対立は、ただの小競り合いでは終わらない――そんな緊張が、空気の下層で静かに燃えていた。



 その夜、《白百合騎士団》の会議室。

 剣姫が広げた地図の上には、赤い印がいくつも刻まれていた。

 それは赤牙が掌握しているフィールド拠点。資源採取場、ダンジョン入り口、交易路の要衝。

 街の周囲は、じわじわと赤牙の支配圏に染められていた。


「彼らは単に挑発しているだけじゃない。もう動いている。……近いうちに、街そのものを封鎖する気よ」


 剣姫の言葉に、仲間たちの表情が硬くなる。

 僕は無意識にPaneを開いた。

 街全体のFavorabilityは+0.4からさらに上昇し、+0.6に届いていた。

 街の人々が白百合に期待している証。

 けれど同時に、**Aggro Weight(赤牙)**がじわじわと上がり続けているのも見えた。

 ――狙われている。確実に。



 作戦会議の後、剣姫は僕を呼び止めた。


「蓮。あなたのPane……街全体やギルド単位の数値が見えるんでしょう?」

「……っ!? なぜ……」


 驚愕で息を呑む。

 僕が隠してきた秘密を、剣姫は当然のように言い当てた。


「表情でわかるの。あなたは嘘をつくと目が泳ぐから」

 彼女は柔らかく笑った。

「でも安心して。私は信じる。むしろ――その力がなければ、この戦争には勝てない」


 胸が熱くなる。

 誰も信じなかった力を、剣姫だけが必要としている。

 Paneが反応した。

 Favorability(剣姫):+0.7 → +0.9


「蓮。……あなたに託す」


 剣姫の声が真剣だった。

 その瞬間、Paneが強烈に光を放ち、新しい項目が浮かび上がった。


 〈Future Bias(未来傾斜)〉:選択によって街全体の運命が変動します。


 ――未来すら、数値化されるのか。

 背筋が震えた。



 翌朝。

 街の北門が爆音とともに崩れた。

 赤いマントの軍勢が雪崩れ込む。〈赤牙ギルド〉の全面攻撃が始まったのだ。


「白百合の騎士団、出撃!」


 剣姫の号令に、仲間たちが武器を構える。

 僕もPaneを開き、指先を走らせた。


 Vector Correction:1.35 → 1.50

 Future Bias:+0.0 → +0.2


 その瞬間、敵の動きがわずかに遅れ、味方の攻撃が一斉に噛み合った。

 広場に戦火が広がり、白と赤の旗がぶつかり合う。


 ――ギルド戦争が、幕を開けた。



 剣姫が大剣を振るい、僕はPaneを操作しながら味方の軌道を補正する。

 街の上空に響いたシステムアナウンスが、戦いの重大さを告げた。


 〈システム告知〉:都市規模ギルド戦争イベントが発生しました。勝者が街の支配権を得ます。


 広場にいる全てのプレイヤーの視線が、戦場へと注がれた。

 凡人の僕は、もう二度と戻れない。

 この裏仕様と共に、未来を掴み取るしかないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る