第8話 影の継承者再び

 戦場は赤と白の光で覆われていた。

 広場を中心に炎の魔導士が詠唱を重ね、弓手の矢が空を裂く。

 赤牙ギルドの戦士たちは咆哮をあげ、NPCの衛兵まで巻き込んだ乱戦に発展していた。


 僕はPaneを開き、数値を操作する。

 Vector Correction:1.50 → 1.65

 Aggro Weight:0.7 → 0.5


 敵の攻撃軌道がずれ、仲間の剣が鮮やかに命中する。

 凡人のはずの僕の行動一つで、戦況が確かに傾いていた。



「やっぱり……いたな」


 低い声が背後から響いた。

 振り返った瞬間、赤い霧をまとった青年が立っていた。

 銀の短剣を握る〈赤牙の継承者〉――昨日の敵。


「凡人上がりの裏仕様使い。街の英雄扱いされて気分はどうだ?」


 Paneが強烈に点滅する。

 〈System Whisper〉:裏仕様干渉者を検出。互換性:98%


 胸が軋む。

 同じ力を持つ存在が、真っ向から僕を狙ってきている。


「ここで決着をつけようぜ。凡人か、継承者か」


 彼の言葉と同時に、空気が凍り付いた。

 赤いPaneの数値が跳ね上がるのが見える。

 Attack Power:150 → 300

 Speed:120 → 250


 圧倒的な加速。

 僕の視界を、刃が切り裂いた。



「蓮!」


 剣姫が駆け寄り、大剣で短剣を受け止める。火花が散り、周囲の戦闘が一瞬止まった。

 だが継承者は嗤う。


「邪魔だな、白百合の姫。だが心配するな。お前の仲間は凡人には過ぎた力だ。……俺が証明してやる」


 再び突進してくる短剣。

 僕は必死にPaneを操作した。


 Luck:3.61 → 3.91

 Vector Correction:1.65 → 1.80


 刃の軌道がわずかに逸れ、頬を掠めて空を切る。

 その一瞬の隙を突き、僕は支援スキルを重ねた。


「〈ブースト・エッジ〉!」


 剣姫の大剣に青白い光が宿り、継承者の短剣を押し返す。

 広場がどよめき、仲間の歓声が上がった。



 だが継承者の目は、冷たく光っていた。


「なるほど。凡人でも、ここまでやれるのか。だが――まだ甘い」


 Paneの奥で、彼の新しい項目が展開される。

 〈Corruption Bias(汚染傾斜)〉:+1.0


 次の瞬間、広場の床が黒い霧に覆われた。

 NPCの衛兵が一斉に暴走し、味方すら敵に変わっていく。


「……っ!?」

「なんだ、衛兵が……!」


 街全体の秩序が、赤牙の継承者のPaneに汚染されている。

 僕のPaneにも、真っ赤な警告が走った。


 〈System Whisper〉:未来分岐に汚染が侵入しています。対応しなければ街は赤牙に飲まれます。


 胸が強く鳴る。

 凡人だった僕が、ここで動かなければ――街そのものが終わる。



「蓮!」

 剣姫が振り返り、叫ぶ。

「あなたのPaneで、未来を上書きして!」


 Paneが震える。

 新しく浮かび上がった項目。


 〈Future Bias(未来傾斜)〉

 現在値:+0.2


 ――未来を操作する。

 そんな力を、僕はまだ使ったことがなかった。


 深呼吸し、指先をPaneに添える。

 凡人の終わりはもう過ぎた。

 ここからは――運命を変える者として。

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