閑話休題 ヒルマモチ改め早穂&早苗の散歩
早苗の独白。「神様はめんどくさい」
座敷の一角に畳を三段重ねた上段が用意されました。
毎朝午前5時に、早穂がその真ん中に座ります。そして私こと早苗はその右横に座ります。
正面にはお腹が目立ってきた凛子さんが座り、向かって右に達也くん、左に益次郎お祖父さんが座っており、そしてその後ろに、住み込みのお手伝いさん、ゆかりさんと多恵さんが並んで座っています。実はその周囲にもいろいろと見えない方々がいらっしゃるのですが、まあ、気にしないようにいたしましょう。
と、現在、三橋本家に在住の方々はこれだけです。
鎌倉時代から続く名家も、こう言ってはなんですが、「存続の危機」を迎えておられるようなのです。
益次郎さんには弟さんがいらっしゃったと、達也くんからお聞きしました。しかし、ずいぶんと早くにお亡くなりになられ、その奥様もそれからしばらくして亡くなられたそうです。お子様はいらっしゃいませんでした。
前当主の益次郎翁は、名前に次郎とついていますが、ご長男だそうで、直系は今や達也くんだけとなっています。達也くんのお父様、お母様も早くにお亡くなりになっておられ、実は益次郎翁としては、自分の代で三橋の家も終わることを一時は覚悟しておられたと、聞き及んでおります。
そのため、達也くんには自由に人生を選ぶことができるよう、心を砕いておられたのですが、凛子さんという女性と出会われた時、彼は三橋の家を継ぐことを決意なさったと、これは直接ご本人さまからお聞きしています。凛子さんと三橋家相続と、どういう繋がりがあるのかはよくわかりませんが、たぶん凛子さんがなんだかんだと達也くんを言いくるめて、身代を乗っ取る策謀で…… おっと、これ以上は身の危険が…… げふんげふん。
さて、早穂が居並ぶ方々の前で厳かにも黄金色の淡い光を降りそそぎますと、今度はそれに合わせて、不肖私早苗も若草色の淡い光を一同に、特に三橋家奥様の凛子さんへ降りそそぐのです。
光は1分ほど注がれたのち、やがて静かに消えていきます。そうすると凛子さんより順次、皆さま頭を垂れて早穂と私に手を合わせるのです。
と、いう儀式をここ何か月も毎朝ずっと繰り返しているわけですよ。この儀式のために、朝の4時頃には起こされて、機嫌の悪い早穂を宥めて、私だって眠い目をこすりながら、なんとか引き締まった顔を作る努力を行っているわけです。
もう少し遅い時間にできませんか? と尋ねたのですが、凛子さんはじろっと私を睨んで、「神様は夜明けとともに働くものです」と言うのですよ。酷くないでしょうか? 私たちに神妙な顔をしているのは、24時間、つまり1,440分のうちの1分間だけなんです。
そりゃあ、三食昼寝付きでご機嫌と言えばご機嫌ですけど……
一日何をしているか? と問われれば、三橋家在住の「あやかし」を取材しています。この家はやたらと古いので、歴史を紐解けば、それはまあいろいろと出てくるわけです。そしてその中には仏間の写真が笑う、もとい微笑みでした、その物理的な微笑みを絶やさない方々もいらっしゃいます。その方々の半生などを調べ、纏め、想像力で補完し、出来上がったものをお写真の前で朗読しますと、柔らかく微笑まれたりそっぽを向かれたり、いろいろとあるわけです。いやいや、こんなに美談ばかりではないでしょ、この記録からはどう考えたって、あなたは少しあくどいことをしましたよね、などと追及、もとい、相談しますとやがてはしぶしぶお認めになるわけです。
ところで、仏間で写真に向かってぶつぶつ言っているのは怪しく見えるようで、最近はお手伝いのゆかりさんも多恵さんも、あまり近づいてはくれなくなってしまいました。まあ、毎朝、怪しく発光する女なんかに近づきたくはないですよねえ。気持ちはわかります。
--文句は三橋家の影の当主に言って欲しいものだ
言ってみれば、私は借金のカタに、この家に縛られているわけですよ。早穂に至っては、相良の呪いから解放されたとたんに三橋の呪いに縛られちゃって、まあ、可哀そうに。
と、当の早穂は今もご機嫌に三橋の前当主、益次郎翁と碁なんかうってたりします。呑み込みが早いらしく、最近では益次郎翁もよく負けてしまうと、嬉しそうに話しておられました。
早穂、騙されちゃあいけないよ。凛子さんはそうやって搦手できているんだから。
そう言えば、時々早穂は小さな女の子と遊んでいるみたい。手毬やお手玉と言った昔懐かしい遊びを、いつの間にか覚えたようで、どうしたのだろうかと思っていたら、縁側でおかっぱ姿の赤い着物の女の子と遊んでいるんですよ。
とても絵になる光景で、思わず写真を撮ったら二人とも写っていなかった、というオチに。
「月刊アルカナム」へは定期的に怪奇現象レポートを送っています。この家にいる限り、ネタには不自由しないので、取材はとても楽です。
なにせ走り回るような案件は発生しませんから。
皆さん、すごく協力的なのです。
と、この生活が日常に溶け込んできた頃、世間では少しの騒ぎが起こっていました。
まず、とある温泉町での、助役による殺人教唆が明るみに出ました。やり手町長による企業への利益供与、などというおまけも明らかになってしまい、政治家としては計り知れないダメージです。だから次の選挙は大変そうだと伝わってきました。おまけと言えば、その流れの中で「有名な」旅館「いちのや」が倒産してしまったというものもありましたが、まあ、それは大した話ではありません(ざまあみろ)。それより、この顛末が「月刊アルカナム」で「予言」されていたというのが、オカルト界隈で盛り上がっています。しかも件の町から名誉棄損の抗議が来て謝罪文まで掲載した「月刊アルカナム」の対応が、今になって注目されているようです。
まあ、編集長も大変だと思う。補足すると例の記事の再掲載が打診されたけれど、丁重にお断わりしたところ、なぜか部長名での掲載依頼が届いたのには笑っちまいました。せっかくなので、他社のゴシップ誌へ掲載を許可しておいてやりました。
もうひとつ、世間を騒がせた話が、東北山中の廃村で生じた陰惨な大量殺人事件の記事でした。この廃村では以前も女性の死体が発見されていることから「呪われた村」という異名が早速付いています。まあ、名付けたのは私なのですが。
例の事件後、
冗談抜きで、これから何十年、何百年も生きるのであれば、それなりのペンネームは必要なのです。
おっと、脱線しました。で、この小説が事件を予見していたという、これまた予言であったという話になりオカルト界隈が騒いでいるのです。まあ、事件の当事者であり、かつ荒唐無稽なお話、ということで、警察の屋敷さんとしてはセーフだと、事前に確認はとっています。
余談ですが、この「ヴェリタス・ウンブラ」氏について、東邦出版の社長さんが帯刀編集長に直接聞きに来たそうです。出禁になった元社員であると耳打ちしたら、たいそうお怒りになられていたと聞き及んでいます。さて、あの部長、どうなることやら(へっへっへ)。
この話に関連して、例のお堂の地下から古い祭壇のようなものが見つかったと達也くんには報告が届いたそうです。大量の血液反応がそこには残されていたそうです。ただ、世間的にはあくまでも大量殺人であって、大量「惨殺」殺人という点は伏せられました。
そりゃあね。絶対マネする奴が出てくるし。
さて、そろそろ寝ないと、明日も朝早くから儀式だし。神様なら寝なくても平気じゃないのか、と思ったけれど、早穂もぐっすり寝る方だし……
本当にめんどくさいなあ。
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