第九話 早穂の家・帰る場所
その1 早苗の愛人疑惑……
大阪で三度目の万博が開催されているようだ。今度も海を埋め立てて会場を造り、なにやら巨大な「ロボット」が歩いている。
ひと月前に、早穂と一緒に行ってみたのだが(もちろん三橋家からチケットを回してもらって)、人の多さに閉口してしまったようで、早穂は早々に帰りたがっていた。うん、今度は私一人で来ようと思う。ただ早穂も、「歩くロボット」には興味を示していたので、いずれ乗り込んで悪と戦うと言い出すかもしれない。でもその時は、早穂一人に乗り込んで頑張ってもらおう。私は応援だ。
さて、私は早穂と一緒に、久しぶりに滋賀の三橋本家にやってきた。
目的は……
今日、早穂のコーデは喪服だ。
控えめで格式を保ちつつ、幼さと清楚さを両立させる黒のロングドレスは厳粛さと儀礼性を強調している。そして黒のタイツと靴も、場をわきまえた、シンプルなラウンドトゥで、子どもらしい丸みを保ちつつも過度な装飾を排除している。そしてポニーテールにまとめた髪は、動きのある髪型で、この静かな場面に一抹の生命感を添えている……
達也くんのお葬式に、早穂も沈みきっていた。
危篤の連絡を凛子さんからもらった時、取るものもとりあえず駆けつけたかったのだが、凛子さんに止められてしまった。
凛子さんはわかっていたのだろう、その場に私たちが居れば、無意識にでも再生の力を使ってしまうという事を……
それは道理に外れた行いだと……
事実、私たちは一度、凛子さんに対してこの力を使ってしまったことがある。凛子さんが死の淵に居た時に。
その時に、もう二度と使わないと、達也くんと凛子さんに約束した力だ。
でも、達也くんが居なくなるその場にいれば、早穂も私も、また使ってしまったことだろう。
そして凛子さんもきっと、それに縋ってしまうとわかっていたのだろう。
だから、来るなと言った。
だから、私たちも行かなかった。
三橋家前当主のお葬式は小規模ながらも厳かに行われていた。そうそうたる顔ぶれの参列者の中で、見えない早穂を除いて、私はさぞや目立ったことだろう。なにせ身内席の、それも凛子さんの隣の席に、若い女(見た目は)が澄まして座っているのだ。凛子さん、やっぱり私に恨みがあるんですね。そして私の隣は、見た目、空席になっている。早穂が神妙な顔で座っているのだが、参列者の方々には見えない。遠縁の親族からも訝しむ声がひそひそと聞こえてくるが…… なにこの空気。私が何をしたというのよ。何にもしてないだけじゃない。そりゃあ、三橋家にはお世話になりっぱなしで、なにもお返しはできていないのだけれど、これでも遠くから毎日、家内安全くらいは念を送っているんですよ。
などと言いたいところだけれど、我慢する。なにせさっきから早穂が隣で泣きべそをかいているから。
神様でも人との死別は悲しいんだ、とその時私は初めて知ったのだ。
お焼香の最中、ひそひそ声が聞こえてくる。ああ、達也くんの愛人認定ですか、そうですか。愛人を列席させる大奥様は度量が素晴らしいですか、そうですか。
絶対に狙ってましたね、凛子さん。これであなたの三橋家への院政は、ますます盤石ですね……
一緒にお焼香を済ませた早穂が(それって、しても良かったのかしら?)白髪の凛子さんを寂しそうに見つめる。そうね、早穂。凛子さんもね……
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