その2 笑えない悪ふざけと、神様の沈黙
「月刊アルカナム」の帯刀編集長から連絡があって、今日は編集部へ行くことになっている。なんでもおもしろい物を、具体的には「呪いの指輪」というものを見せてやる、というのだ。
しかも持ち主の解説付きで、と言うから、それは確かに面白そうだ。
「早穂も行く?」と聞くと、当然と言う顔で早穂は頷いた。
アパートから出ると、秋も深まっており、やはり少し肌寒い。しかし、今日の私は早穂の装いに有頂天になっている。隣を歩く早穂を見ながら心の中でナレーションを始めるのだ。
--ご覧ください。ブラウンの長袖トップスは、シンプルながらも落ち着いた印象を与え、ジャンパースカートの柄を、よく引き立てているではありませんか。そして、なによりもジャンパースカートです。キャメル系の色合いのチェック柄はクラシカルな雰囲気を演出しています。スカート部分はふんわりと広がるフレアシルエットで、かわいらしさと動きのある印象を与えます。そして、なんとクリーム色のベレー帽が、素晴らしいアイテムとして、早穂の美少女っぷりを演出していて…… ああ、もう写真一杯撮りたい! 写らないけど……
と、最後は悶えそうになる私だった。
早穂は、というと、なにやら自信があるのか、得意気に歩いている。昨日は姿見の前でしょげていたはずなのに。
この心境の変化はなぜ? なにがあったんだろうか?
「月刊アルカナム」編集部の扉の前まで来た時に、早穂の様子が少し変わった。なにか思い出そうというような、そんな顔になったのだ。
それでも私は、お構いなしに扉を開けた。
部屋の中では、編集部員たちが一斉に振り向いた。早穂は入るのをためらっている。
--大丈夫。むさくるしいおっさんたちだけど無害だから
と早穂に向かって心の中で言い、そして手を取って中へ入った。
中央の机に指輪ケースに入った指輪が置かれている。そして持ち主であろう初老の女性が椅子に腰かけている。
「よく来たな。ちょうど今から始めるところだ」と帯刀編集長が言う。なんだかニヤニヤしていて気持ちが悪い。
だから私は、少し離れたところで見ることにした。
やがて、女性は、その謂れを語りはじめた。
「明治の中頃でございます。とある男爵家の娘に縁談が舞い込みました。お相手は伯爵家のご長男。男爵家としては破格のお申込みでございました。当然、娘の父と母は舞い上がり、伯爵家にふさわしいふるまいをと、娘を厳しく教育したのでございます」
「ところが、娘には、既に意中の男性がおりまして、その方は、同じ男爵というご身分の肩のご次男さまでございましたが、伯爵家の縁談話が舞い込んだ時に、もはや結ばれぬ恋路と、お二人は泣く泣くお諦めになられたのです。しかし、お相手の男爵次男様は、せめてもと、一つの指輪を渡され、時には僕を思い出してほしいとおっしゃったのです」
「悲しみながらも頷く娘ではございましたが、やがて幾年が過ぎ、娘の心からもその淡い思いは次第に遠のいていったのでございます」
「男爵家の次男様は出征され、戦地をくぐり抜け、傷つきながらもご帰還なされたのですが、ふと町の質屋にどこかで見たような指輪を見ます。次男様は愕然となさいました。これはあの時、娘に渡した指輪に違いないと」
「もうすっかり過去の出来事となってしまった淡い思い出に、次男様は心苦しくなられ、急いでその場を離れたのでございます」
「そしてすぐに、戦地で受けた傷がもとで亡くなったのです。それ以来、この指輪をはめた女には亡くなった次男様の恨みが降りかかり、不幸が立て続けに起こると伝えられております」
私は、ぽかんと聞いていた。なんだそのよくあるパターンは。
ツッコミどころ満載のような気がするぞ、と思いながら。
いや、思うだけでは我慢が出来ない……
そして心の中で箇条書きでツッコミ始めた。
①「意中の男性が男爵家の次男」って、なぜ次男ばかりなの? なんでこういう話って、いつも次男なの? 長男は政略結婚、次男はロマン担当って決まりでもあるの?
② 「指輪を質屋で見つける」って偶然すぎない? いやいや、町の質屋で偶然見つけるって、どんだけ狭い町なのよ。しかも、よく覚えてたねその指輪…… そもそも伯爵家が質屋を使うの? 普通に売るでしょ?
③「指輪をはめた女に不幸が」って、根拠どこ? それ以来って、何人くらい不幸になったの? 統計ある? まさか都市伝説レベルじゃないよね?
④「恨みが降りかかる」って、次男様そんなに根に持つタイプ? そんなに執念深かったの? 淡い思い出って言ってたじゃん……
などと、(実はもっと沢山)ツッコむのだが、よく考えれば、これがそもそも罰当たりだったのかもしれない。
が、そんなことはこの時点では露ほども思っていない。むしろ、ツッコミを胸に、どうせ欠伸をしているだろう早穂を見る。
しかし、なぜか指輪を見て嫌そうな顔をしている早穂を見た時、私は悟った。
--あ、これなんか駄目な気がする。帰ろうかな
突然、帯刀編集長が大声を出した。
「おい!山城! ちょっとはめてみろ」
耳を疑って、思わず固まってしまう。
--はあ!?
何言いだすんだ、このクソ編集長。いくら世話になっているからって、そんな呪いの指輪なんかはめられるか。だいたい持ち主が嫌がるに決まっているだろう。
と、私は心で毒づきながら、指輪の持ち主を見ると、なぜかニコニコと笑ってこっちを見ている。
--あ、これは出来レースだ。はじめからそのつもりで呼ばれたんだ
と、編集長の悪意に気づいた。
--いいかげんな指輪で怖がらせてリアクションを取ろうと思ってるんだろうけれど、こっちはそれが『本物』だってわかってるんだよ
死んでも嫌だ、と思ったのだが、逃げ出す前に、編集部の男どもは私の腕を掴んで取り囲み、笑いながらどんどん前へ押しやっていく。
--早穂、助けて
と思うが、早穂は逆に部屋の隅に逃げて行く。
--なんで早穂? ちょっと、助けなさいよ。わたしはあんたに呪われてからこっち、もう呪いなんかこりごりなんだから
しかし、抵抗虚しく指輪の前に引き出され、私はむりやり薬指に指輪をはめられた。
--ちょっとなんかおかしいよ、みんな!
と、思ったのもつかの間、はめられた薬指に、一瞬、電気が走ったような気がした。
--げっ、なに今の?
すると、急に私は陰鬱な気がしてきて眩暈がした。
--あ、なんだかネガティブになって来た。どうしよう、どうせわたしなんか…
唐突に編集長が笑い出した。
「良いリアクションだ」
そして、私の写真を何枚か撮り始める編集部員たち。
「よしよし、もう勘弁してやろう。大事な薬指だ。行き遅れたら可哀そうだからな」
--編集長、そのセリフ、ジャーナリストとして完全にアウトですからね
だが、指輪は外れなくなっていた。いくら指で回そうとしてもびくとも動かない。
「太ってるんじゃないか」
とまたもアウトな発言をする編集長だが、流石に思うところがあったのかもしれない。すぐに、編集部員たちに言って、石鹸などを持ってこさせた。そしてしばらくは、外そうと悪戦苦闘してくれていたが、やがて諦めたらしい。
「仕方ない」と、小さく呟いた。
--ちょっと、なにそれ? まさか見捨てる気じゃないですよね?
急に、指輪の持ち主がそわそわしだした。落ち着きがなくなり、視線が泳ぎ始めたのだ。そして何か急な用事を思い出したのか、それとも自分が何をしているのかわからなくなったのか、あやふやな顔をしている。
「外す方法は無いですか?」と聞く私に向かって、
「差し上げます」
と、ひとこと言って、部屋を飛び出して行った。
ちょっと待て、由緒正しい指輪じゃないのか、と引き留めようとしたが、風のように去っていったのだ。
あとに残された私は呆然として立ち尽くした。
立ち尽くす私の周りで、ざわめく編集部の面々だったが、多少、ばつが悪そうな顔で帯刀編集長が言った。
「そのなんだ、何か起こったら記事にしてもってこい。良かったら載せてやる」
私は、早々に追い出された。
--ひどすぎるよ、ほんと
私はとぼとぼと編集部のあるビルから出て行った。
早穂は遠巻きに付いて来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます