その3 神様は導く、救いの手は黒塗りの車窓から

 電車を降りて、私はとぼとぼと家へ向かった。早穂は相変わらず寄り付かない。

 --ああ、かわいい秋コーデもなんか視界の端に見え隠れするだけで良く見えないよ

 どんどん落ち込んで座り込みたくなるのを、ぐっと我慢して歩き続ける。

 そしてようやくの思いで、家にたどり着くと、ちゃぶ台の前にへたり込んだ。

 なにかどっと疲れている。そしてじっとしていると、どんどん気持ちが暗くなってくる。

 --まずい、なんか知らんが呪われたんだ。早穂、神様、もう何でもするからどうか助けて

 ところが早穂は嫌そうな顔で、離れてじっとしている。

 --嘘、早穂、あんた私を見捨てるの?

 ぐったりとその場に倒れ込む私。

 --なんか疲れた。このまま寝たいよ


 ウトウトしていると、なにやらバタバタとした気配がする。気怠い気分で薄目を開けてみると、男が二人、布団を出して敷こうとしている。

 --なに? だれ!?

 驚いて、よくよく見ると、なんと全身が藁でできた男たちだ。

 --藁男だ

 達也さんたちが襲われたと言うヒルマモチの子分だ。そうかそういうことか、早穂はちっこいから子分を使って布団を畳んだり収納したりしていたんだね、いいな、私にはそんな助けてくれる子分なんか居ないよ。うらやましいよ早穂。

 そんなことを考えていると、私はまたウトウトしてくるのを感じた。


 気が付くと布団で寝ていた。夜はまだ明けていないようだ。

 お腹空いたと思うが起き上がる気力がわかない。

 --ああ、このまま死んじゃうんだ。飢え死にして死んじゃうんだ

 そう思ったが、なにか良い匂いがして視線を上げる。

 すると、キッチンに立つ早穂がなにか作ってる。

 私はキッチンの明かりがまぶしくて、目を細めた。

 なぜか早穂の横で、藁男が雑誌のページを広げて見せている……

 --なにやってるの早穂? ああ、もう早穂には藁男が居ればそれで良いのか。わたしなんか要らないんだ

 そんなことを考えて、私は目を閉じた。


 揺さぶられて私は目を覚ました。目の前に藁束の顔がありぎょっとする。見ると、離れたところから早穂が心配そうな顔で見ている。

 早穂はちゃぶ台を指さした。見るとちゃぶ台にはなにやら大皿が乗っている。

 バターの良い匂いにつられて、のそりと起き上がり、大皿を見てみると、鮭の切身にキャベツ、ジャガイモ……

 --ちゃんちゃん焼きじゃん。北海道名物じゃん

 --早穂、雑誌のレシピを見ながらわざわざ作ってくれたの!? 炒め物、苦手なのに……

 感激した私は、起き上がるとすきっ腹にがつがつと食べ始めた。凄く美味しい。早穂、私を見捨ててないんだね、お姉さん頑張るよ。呪いなんか、もう跳ね返してやる。そう思いながら。


 そして唐突に、私は打開策に思い至った。そうだ、凛子さんだ。

 霊感を持ち、以前のヒルマモチ事件の時に助けてくれた、彼女へ相談することを思い立ち、私はスマホを手に取った。しかし画面の表示が出ない。

 --なんで? 充電切れてるの?

 じゃあ、公衆電話だ、と思い、確か駅前にあったはず、と思いながら、立ち上がり扉に手をかけた。が、すぐに我に返る。

 --番号わかんない。スマホに登録してあるだけだ

 がっかりする私だったが、とりあえずスマホを充電することにする。

 「早穂、気を回して藁男使って充電くらいしておいてよ」

 と思わず文句を言うが、早穂は悲しい顔をしている。 


 そうこうしながら、ふらふらとトイレに行こうとするが、その姿を早穂は離れてみている

 --ああ、早穂に悪い事を言ったな。やっぱり私は駄目なやつだ

 --やっぱり私は『私』じゃなくて『チカエ』なんだ。昔の名前の、あの男の名前から取られた『チカエ』なんだ

 私の脳裏に、自分を力いっぱい平手打ちした、かつて母親だった女と、中学生の自分を襲おうとした男の顔が浮かんだ。

 --『相良千景』。私の母親に殺された男、『相良京子』の父親。そのせいでヒルマモチに呪われて、ひどい目にあったんだ。ああ、そうだ、早穂だ。呪ったのは早穂だった

 そうだ、私は早穂に呪われたんだ……

 しかし、私は急いで首を激しく振った。

 --違う違う、早穂はもうあのヒルマモチじゃない。早穂は私の神様だ。いま、ちょっと調子悪いけど、私の家族なんだ

 私は、しばらくの間、いろいろなことを思いめぐらし、沈む心と戦っていたが、だんだん疲れてきた。

 そうだ、そろそろ充電良いかな、と、スマホを見ると画面の明かりがついている。私はスマホを手に取り電話を掛けようとした。


 その時、早穂が私の前に一枚の名刺を投げてきた。

 --これは……

 そうだ、あの女、指輪を持って来た女の名刺だ。指輪が外れなくなって困っていた時、「なんかわかったら連絡とってみろ」と、自分に丸投げするために編集長が渡してきたのだ。

 名刺の番号に電話をかけてみる。しかし、コールが鳴り続けるだけだった。

 --駄目だ出ない

 ならば、編集長に電話してみよう。


 数コールで編集長は私からの電話に出た。そして指輪の件についてこう言った。

 「あれは持ち込み企画でなあ、相手の事はよくわからんのだ」

 なんか腹立つくらいに、いや、実際は腹を立てる元気もないが、とにかくヘラヘラしながら喋ってる。

 「どうせガセだろうと思ったが、面白そうなネタになるかと思ってな…… ところで、まだ外れないのか? なんか済まん事をしたなあ。あの時は何故か何も考えてなかったような気がする。うちのみんなも、自分自身なんか変だったと言っているが… 病院でも探してやろうか?」

 後半、ちょっとだけ心配そうな声を出しながらいろいろ言っていたが、今更遅いよ。こっちは呪われたんだよ。

 改めて、指輪を外そうとしてみるが、やはり、びくともしない。


 電話を切って、私は考えた。しかし、頭の中は何もまとまらない。

 --そうだ、昨日はお風呂に入らなかった。今、何時だろう? 朝風呂終わったかな、昼だけどやってるかな? 入りに行こうかな?

 なんだか全部投げやりになっている自分に気が付いているが、なんかどうでも良くなっている。


 私は、重たい体を引きずるように、洗面器を持って家を出ようとした。

 早穂が、離れて付いてくる。


 銭湯が近づいた時、急に早穂が駆け出した。ぽかんと目で追う私だったが、離れた角から「おいでおいで」する早穂を見て、付いて行ってみることにする。

 どういうわけか、人気のなくなった、早穂の居る角に出た途端、一台の黒い車が私に接触した。

 私は転倒した。

 洗面器と石鹸たちが散らばる。

 車のドアが開く音がして、中から慌てたように人が二人飛び出してきた。

 「大丈夫ですか!?」

 --あれ? なんか聞き覚えがあるような気がする


 しぶい初老の男性が覗き込んでいる。

 --あっ、屋敷さんだ

 かつてヒルマモチ事件で力を貸してもらった、たしか警察の偉い人のはずだ。

 向こうも気が付いたらしい。

 「三橋のお坊ちゃんのご友人…… たしか…… チカエさん?」

 --おお、さすがだ

 警察官は顔と名前はものすごくよく覚えるとドラマで聞いていたが、どうやら本当のようだ。

 擦りむいた膝をさすりながら立ち上がる私は、

 「はい、その節はありがとうございました。いまは本名の『早苗』を名乗っています」

 となんとかにっこり笑って言う。


 屋敷さんとその運転手さんの二人は、私に対し恐縮していた。そうか、交通事故被害者だ、私は。

 頭の中で、悪い考えが首をもたげた。……『国家権力』、使えないかな?

 事故の責任を取ってもらって…… 指輪の持ち主を探してとっ捕まえてもらえないだろうか。

 靄のかかった頭で、私は一生懸命に考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る