第30話 付き合ってますよ

「でも、どうして水族館に行こうと思ったんだ?」

「いやさ、この体になってからよく昔のことを思い出すようになったんだよね。男の子でいたときは人生って基本的にこれまでの人生の積み重ねというか、単なる連続に過ぎなくて、だからこそ生きている今の方が大事って考えてきた」

 誠は小さく頷いた。

 僕は話を続ける。

「でも、女の子になってから、男の子の時の自分でどうだったのかな、とか、どう生きてきたのかなってのを考えるようになった。そんな時にあの水族館のことを思い出して、懐かしくなったというか行きたくなったというか」

「なるほどな。ま、たまには思い出に浸るのも悪くはないかもな」

「でしょ? あ、おにぎり食べる?」

 僕は鞄からコンビニで買ったおにぎりを取り出した。

 具は鮭。誠の好きな具だ。

「奇遇だな。俺も買ってきた」

 誠が取り出したのはコンビニのおにぎり。

 具は明太子。

 僕の好きな具だ。

「え、もしかして……」

「もちろん、自分の分も買ってる」

 そして取り出されるは鮭おにぎり。

「ふはっ! ちょ、考えることは同じだったね」

「だな」

 僕らは笑いながらおにぎりを交換する。

 手元に同じ具材のおにぎりが二つ。

 唯一の救いは、違うコンビニのおにぎりだということだろう。

「でも私、たぶん一個しか食べられないかな。女の子になってから食欲が減ったというよりは物理的に食べる量が減った。まあ体が二回りくらい小さくなったから仕方ないけど」

「食えなかったら俺が食べるよ」

「それは助かる。じゃあいただきます」

「いただきます」

 僕は誠からもらったおにぎりを食べる。

 誠は僕が渡したおにぎりを食べる。

 うん、おいしい。


「変わってないねー」

「そうだな。少し壁が記憶にあるものより汚れてるくらいか」

 電車に揺られること一時間半。

 そして、到着駅からさらにバスで三十分。

 最後に五分ほど歩くと目的の水族館にたどり着く。

 加えて、合間に待ち時間なども含むのでトータルで二時間半少々の距離。

 小学生の時は途方もなく遠く感じたけど、高校生にもなるとそんなに遠く感じなかった。

 時間感覚とは不思議なものだ。

「まだ潰れてなくてよかったよ」

 僕は安堵する。

 一応ネットで開館情報を調べてはいたものの、どうにも情報が頻繁に更新されているわけではなかったので、本当に開いているのか不安だったのだ。

 でも、どうやらまだ営業しているようで、ちょうど従業員の人が開錠しているところだった。

「それじゃ、早速入らせてもらおっか」

 僕らは水族館入って右手の受付で入場券を購入する。

 受付のおばちゃんは開館とほぼ同時に入ってきた僕らに驚いたようで、矢継ぎ早にいくつかの質問を繰り出してきた。

 どこから来たの? 

 なんで来たの? 

 とかを。

 若い子がプライベートで来ること自体が珍しいらしい。

「修学旅行の子たちはよく来るんだけどねぇ」

 おばちゃんは数分間に渡り質問を続けた。

 そして、最後に爆弾を放りこんできた。

「ところであなたたちはお付き合いしてるの?」

 ぼん、と僕の顔が一気に真っ赤になったことがわかった。

 見えてはいないけどきっと真っ赤になっている。

 そう確信を持てるくらい熱を帯びている。

「いえいえいえいえ、付き合っては……」 

「付き合ってますよ」

 否定しようとした僕の隣で誠が何食わぬ顔で言ってのける。

 え? 

 どういうこと?

「あらあらあらあら、やっぱ、りそうなのー。こんな水族館をデートの場所に選んでくれてありがとね」

「小学校の修学旅行で来たのが懐かしくて、二人で久しぶりに行ってみようってなったんです」

「そー、幼馴染同士付き合うなんて素敵なじゃない。おばちゃんがこれ以上邪魔しちゃ悪いわね。ゆっくりしてってちょうだい」

「はい、ありがとうございます」

 誠はそこまで言うと、展示に向けて歩き出す。

「あっ」

 僕の手をするりと掴み、ううん、僕と手を繋いで歩き出した。

「ねえ、あんなこと言ってよかったの?」

 展示スペースまで続く通路を歩いていく。

 海をイメージするような絵と青が存在する壁面は、いたるところで塗料が剥げてしまっている。

 修学旅行の思い出のままの光景だ。

「あんなことって?」

 ちらりと横を歩く僕に視線を向けつつ誠は眉根を寄せる。

「その、私と付き合ってるなんて嘘ついて」

「ああでも言わないと、ずっと好奇の目で見られそうで嫌だったんだ。せっかく思い出の水族館に来たんだ。薫だって落ち着いて楽しみたいだろ?」

「そ、そっか。そうだよね。確かにそれは嫌、かも」

 僕はきゅりっと誠と繋いだ手に力を込める。

 いやだから、僕は何を期待しているんだよ。

「あ、すまんすまん。手を繋ぎっぱなしだったな」

「ああ、うん」

 離れていく誠の大きな手。

 でも、今の僕にその手を止める権利はない。

 けれど、その温もりを少しでも残しておきたくて、僕は緩く手を閉じた。

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