第12話 火傷
瑠々と僕が教室に戻った時には、既に午後の授業が始まっていた。
僕らは皆の邪魔にならないように、こっそりとそれぞれの席に着く。
午後の授業は古典から。古典の先生は定年間近の方で、既に頭の中は定年後のことでいっぱいなのか、皆が私語や別教科の課題をやっていても特段咎めない。
僕らが遅れてきても視線をこちらに向けはしたものの、何も言われなかった。
まあ、だからと言ってそれをいいことになんでもするようなクラスメイト、クラスの雰囲気ではない。
皆、眠気を我慢しつつ散漫に話を聞いている。
僕も昼休みの慌ただしさによる疲れからか、いまいち集中できずにぼんやりと黒板を見つめる。
すると、そんな僕の背中にツンツンと何かが当たってくる。
最初は眠気もあり気にしないでいたが、徐々にそのつつきが強くなったため思わず僕は振り返る。
痛い。
振り向くとそこには誠がもちろんいる。
誠は僕の後ろの席なのでもちろん後ろにいて当たり前だ。
しかし、そんな彼が体を可能な限り小さくしてこちらを見つめていた。
基本的に誠は真面目だ。
授業中に私語をしたりするなんてことはなかった。
きっと今、彼は私語をする自身を周囲に気づかれないために小さくなっているのだろう。
そんな彼の真面目さが伝わる状況に、僕は吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
やめろ、そんなに小さくなるな。
「どう……したの?」
僕は可能な限り小声で彼に話しかける。
すると、彼は小さなメモ紙をこちらに見せてきた。
いや、これならメモ紙をこちらに手渡すか、投げればよかったのにとは思うものの、きっと彼は僕の目を見て渡したかったのだろう、と思う。
そこには『昼休み、何かあったのか?』と書かれていた。
彼らしい丁寧さが伝わる字でそう書かれていた。
僕もノートの端を破り『何もなかったよ』と書き彼に見せる。
それを見た彼の眉根は寄り、口端はやや下がる。
どうやら不服らしい。
単に眉根が寄るだけなら純粋な疑問を有しているとなるけども、そこに口端の下がりが加わると、その疑問に対する答えが不服という意思表示になる。
誠は僕の感情やその他もろもろの変化に敏感だ。
一番の友達ということもあるのだろうけど、常に心配しフォローしてくれる。
今回も遅れてきたことに対して何か思うところがあるのだろう。
僕はその彼の優しさが好きだし、その優しさに触れることが嬉しい。
でも今回のことは僕と瑠々、そして何より僕の心の在り様の問題なので、彼に迷惑をかけることは嫌だった。
僕の返事を見た彼は再びメモに筆を走らせ、『ならいい』とこちらに示してきた。
誠が納得していないことはわかってはいたけれども、昨日目の前で泣いて心配をかけただけに、連日で心配をかけることは憚られた。
けど、彼の心配を無下にすることができなかった僕は一言、『心配しれくれてありがとね』とだけ返した。
それはあくまでも昨日の延長線上での理解で、今日の昼休みのことではない。
僕はそのようなニュアンスをそこに滲ませる。
もちろん、誠が納得したとは思わない。
でも昨日彼も言ったように、これは僕の心の問題。
自分でどうにか決着をつけなきゃいけないんだ。
放課後になると、昨日と同じように瑠々が僕のところへとやってきた。
「薫ちゃん、一緒に帰ろう」
「うん」
僕は既に帰りの準備を済ませており、瑠々の声に応じて鞄を手に取った。
「誠、部活頑張って」
そして誠に別れを告げる。
「おう」
誠は短く返事を返すと、少し小走りで教室を出て行った。
僕らはそれを見届けてから帰路に着いた。
「ねえ、次の休み買い物に行かない?」
学校の敷地を出てからすぐ、瑠々は軽やかな足取りで歩を進めながら僕に提案をする。
「いいけど、どこに行く? 僕は久しぶりにアニメイト行きたいかな」
僕と瑠々の共通の趣味は漫画、アニメなど。たまたま僕が見ていた漫画を瑠々も見ていると知ってから関係は深まっていった。
ちなみに、誠はあまりその方面には興味がない。
だからこそ、二人で行く意味のある場所を提案した。
「それもいいけど」
瑠々は少し考えるように口に浅く人差し指をあてる。
「もっと薫ちゃんを女の子らしくするための買い物をしたいかな」
「というと?」
「それこそ服とかコスメとかアクセとか、ね」
「でも、服とか下着とかは父さんと母さんが揃えてくれたし、必要ない気もするけど」
「そこ! そこだよ薫ちゃん。女の子の楽しさってまさにオシャレにもあるの。今朝、メイクとヘアメイクされてどう思った?」
「あー、えっと、まあすごい変わるもんだな、と」
「でしょ? そこに服やアクセも加えればさらに変わるんだよ。女の子って可愛くなるための方法がいっぱいあるの。それを知れば女の子でいることがもっと楽しくなるはず。与えられたモノじゃ駄目。自分から獲りに行くべきだよ」
瑠々の熱が僕を包み込む。
真っすぐに疑問なく僕、いや、女の子である僕との未来を描こうとする瑠々の熱に火傷をしてしまいそうになる。
そして、そうなってしまいそうになる自分も嫌になる。
こんなにも瑠々は僕のことをまっすぐに見てくれているのに、僕は僕の心の在り様に悩んでいる。
いや、もちろんそれは必要な悩みなのだろうけど、瑠々の真っすぐさの前に辛さが増していく。
「うん、じゃあ週末はそれでいこう」
「やった。楽しみ」
僕は気持ちを切り替える。
二人でいるときはせめて二人の未来を見よう。
悩むのは一人の時でいい。
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