第11話 こんなこともあろうかと?

「じゃあ、薫ちゃんは前を拭いて。私は後ろを拭くから」

「は? え? は?」

 僕は突然の提案に戸惑いを隠せない。

 瑠々は僕に渡した分とは別にもう一つタオルを持っていた。

「だって、後ろは綺麗に拭きづらいでしょ。丁寧に拭かないと臭いで皆にバレちゃうよ」

「いや、でも……わっ!」

「あんまりぐちぐち言ってると、全部私が拭くけど?」

 瑠々の持つタオルが、ブラウスの下に入り込み二つの膨らみに進んでくる。

「あ、ちょ、わ、わかった。後ろは瑠々に任せるから前は僕がやるよ」

「よろしい」

「や、優しくお願い」

 僕は自身で前を拭きつつ、瑠々に後ろを任せる。

 タオル生地特有の少しだけざらついた感じが否応なしに僕の下半身を刺激し、どうしようもないほどにどうしようもなかった。

 おそらく、かかった時間は一分と満たなかったはずだけれども、途方もなく長い時間に感じた。

「はい、終わり」

「っ!」

 瑠々はパンと僕のお尻を叩く。

 思わず声が出る。

「も、もう……。えっとまずはショーツを……」

「はいこれ」

 瑠々が僕に手渡してきたのは、養護教諭の先生から渡されたモノではないショーツ。

「こんなこともあろうかと用意しといた」

 こんなこともあろうかと? 

 こんなことも、あろうかと?

「用意周到過ぎない?」

「そう? いらないならこの後はノーパンで過ごすことになるけど」

「いる! いります!」

「よろしい」

 いや、ていうか、教諭から借りたショーツすら履けない可能性もあったの? という野暮なのかどうかすらわからないツッコみは心の中で消化した。

 僕の着替えが済んだ後、養護教諭にお礼を言って保健室を出た。

 僕は気が動転していたため気づかなかったけれど、瑠々は屋上を出る際にきちんと二人のお弁当箱その他もろもろを持ってきてくれていた。

「ごめんね、迷惑かけて」

「大丈夫。恋人なんだしこれくらいなんてことはない。薫ちゃんの可愛いお尻も見れたしね」

「それは言わないで」

 僕は先ほど叩かれたお尻を思わず抑える。

「あと臭いも」

「それはもっと言わないで!」

「薫ちゃんは女の子になったばっかりなんだから、ちょっとずつ慣れていけばいいんだよ? そのうち、女子トイレも気にすることなく入れるようになるよ」

「そ、そうかな」

「そうよ。だって、薫ちゃんはこれからずっと女の子でいるんだから、慣れてこないわけがないもん」

 こちらを見る瑠々の瞳に浮かぶ僕は揺らいでいる。

 まるで、存在感があやふやな今の僕を揶揄するように、揺れている。

 外面は女の子であることを楽しもうと決めたから、気持ちさえ誤魔化せばなんとかなるかもしれないと思ったけど、そうじゃなかった。

 女の子でいるということは、心も体も女の子でなければいけない瞬間が訪れるということ。

 瑠々は心も体も女の子だからきっとそれを当たり前にできていて、だからこそ僕に対しても自然と心と体の一致を求めてくるのだろう。

 その想いの先で優しさを届けてくれている。

 けれど、今の僕はそのミスマッチがどうしようもなく息苦しく、そして瑠々の優しさに対して真っすぐ向き合うことができていない。

 再び、僕の喉奥に何かがぐっと詰まり始めた。

 けれど、今の僕にこれ以上の選択をとることはできない。

 気持ちを誤魔化しながら瑠々と向き合うことしか僕にはできないんだ。

 だって、瑠々を手放したくないから。

 瑠々といたいから。

「そうだね、きっと慣れてくるよね」

 僕は、自分勝手な想いを心の隙間とすら言えない凹みに無理やり押し込み、瑠々に笑顔を向けた。

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