矛盾解答録 File.03:建築家編
都市の中心に、一本の摩天楼が聳え立っていた。天才建築家・マリアが設計した『シタデル』。それは、外部からのあらゆる衝撃・振動を予測し、建材の分子構造をリアルタイムで組み替えてエネルギーを無効化する「自己防衛建築」だった。解体は不可能。人々はそれを**『不壊の盾』**と呼んだ。
だが、市議会はこのビルを取り壊し、跡地に巨大な防災公園を建設することを決定。白羽の矢が立ったのは、もう一人の天才、解体エンジニアのケンだった。
彼が開発した解体用ナノマシン『ウロボロス』は、対象物の原子結合の脆弱性を見つけ出し、砂のように崩壊させる。理論上、この世に破壊できない物質は存在しない。彼の技術は**『万解の矛』**と呼ばれていた。
世紀の対決に世界が注目した。ケンのチームが『ウロボロス』を散布すると、ナノマシンの群れが黒い霧となって『シタデル』に取り付いた。
『ウロボロス』が分子構造の解析を始める。
しかし、次の瞬間、『シタデル』が構造パターンを変化させた。
『ウロボロス』が再解析する。
『シタデル』がまた構造を変化させる。
それは、光速の思考で行われる、無限の「いたちごっこ」だった。矛が弱点を見つけた瞬間に、盾はその弱点を消し去る。一週間が経過しても、『シタデル』は傷一つなく、ただ静かにそこにあった。ケンの敗北を誰もが確信した。
その時、ケンはオペレーターにたった一言、こう告げた。
「モード変更。『統合(インテグレート)』」
すると、『ウロボロス』は破壊活動を完全に停止。ナノマシンたちは『シタデル』の構造内部に浸透し、建材の一部として定着し始めたのだ。
訝しむ市議会の担当者に、ケンは設計図を見せて笑った。
「僕の矛の真価は『壊す』ことじゃない。『組み替える』ことだ」
『ウロボロス』は、『シタデル』の自己防衛システムと完全にリンクした。今やナノマシンは、外部からの衝撃を予測するだけでなく、内部から老朽化した分子を修復し、より強固な構造へと常に『再建築』し続ける、永久機関の心臓部となったのだ。
「『不壊の盾』に『万解の矛』を向けるとどうなるか? 答えは**『自己進化する建築』**の誕生だ。このビルはもう、誰にも壊せない。そして、二度と古びることもない」
矛は盾を壊さず、盾に永遠の命を与えた。矛盾の二人は、都市に不滅の伝説を打ち立てた。
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