矛盾解答録 File.04:立法者編
ある王国に、二つの絶対的な法があった。
一つは、建国の王が定めた**『王の勅令』。為政者が国の未来のために必要と判断した場合、あらゆる法に優先して自らの意志を執行できる、というもの。これは国の発展を止めないための『絶対の矛』**であった。
もう一つは、国民の総意によって作られた**『民の憲章』。その第一条にはこう記されている。「何人たりとも、その者の魂の宿る家を奪うことは許されない」。これは国民の暮らしを守る『不可侵の盾』**であった。
長年、この二法が衝突することはなかった。しかし、若き新王が、国土を横断する大運河の建設計画を立ち上げたことで、王国は揺れた。運河の経路上に、一軒だけ、どうしても立ち退きを拒む老婆の家があったのだ。
王は『王の勅令』を使い、家の取り壊しを命じた。
老婆は『民の憲章』を盾に、一歩も引かなかった。
矛と盾は真正面から激突し、国中が二つに割れた。裁定は、王国一の賢者と名高い最高裁判事に委ねられた。
満員の法廷で、判事は静かに口を開いた。
「両法は、いずれも絶対である。ゆえに、両法は、いずれも同時に満たされねばならない」
どよめきが広がる。
「王の勅令に従い、老婆の家は、明日、王国のものとなる」
王の支持者から歓声が上がる。
「しかし、民の憲章に従い、老婆の魂の宿る家は、誰にも奪うことはできない」
老婆の支持者も息をのむ。
判事は続けた。
「つまり、こういうことだ。王は明日、あの家を『買う』のだ。ただし、『民の憲章』が守られる条件で。老婆が『私の魂は、もはやこの家にはない』と心の底から言えるほどの、途方もない対価を支払ってな」
それは、ただの立ち退き料ではなかった。老婆の一族が末代まで安楽に暮らせるだけの財産、新しい豪邸、そして何より、彼女の名を冠した孤児院を建設し、その運営を彼女に任せるという、名誉そのものだった。
「『絶対の矛』とは、民の財産を強制的に奪う力ではない。民が喜んで差し出すほどの幸福を、絶対的に保証する力のことなのだ」
数日後、老婆は満面の笑みで新しい孤児院の門をくぐった。
王の運河は着工され、国は栄えた。矛と盾は、どちらも傷つくことなく、国を次の時代へと導いたのだった。
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