HANABI (fire works)
二人は、共に過ごす時間を持つようになっていた。
会話はぎこちなく、言葉の多くは一方通行だったけれど、彼にとってはその沈黙すら心地よかった。
夏の夜。河川敷へと吹き抜ける風は湿り気を帯び、草の青臭い匂いを運んでくる。
足元では虫の声が絶え間なく響き、川面には月が揺れ、その光を細波がかすかに乱していた。
遠くでは祭り囃子の名残が途切れ途切れに聞こえ、屋台の赤提灯が点のように瞬いている。
子どもたちのはしゃぐ声が時おり夜風に乗って届き、花火の開始を待ちわびるざわめきが周囲を包んでいた。
二人は人混みを避け、やや外れた草むらに並んで立っていた。
夜風に吹かれて、彼はふと胸を押さえる。
軽い痛みが走り、小さく息を整える。
異変を察知したニコが、すぐに一歩近づく。
何も言わずに、ただ彼の隣に立ち、そっと肩に寄り添った。
――本来なら、この弱い体を守るために作った存在。
それなのに今は、ただ隣にいてくれることが、心を安らがせていた。
やがて、夜空に低い音が鳴り響く。
見上げる先で、ひとつの光が弧を描いて昇り、大きく弾けた。
「花火って知ってる?」
「光と音の化学反応による現象です」
彼は思わず笑って首を振る。
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ」
次々と火花が夜を裂く。
真紅、蒼、黄金――色とりどりの光が大輪となって空を染め、遅れて届く轟音が胸を震わせる。
そのとき、ニコの瞳がかすかに瞬いた。
音量センサーが反応しただけなのかもしれない。
けれど彼には、それが驚きに似た仕草のように見えた。
あちこちから子どもの歓声が上がり、川辺の湿った匂いと混ざって夏の夜の空気を熱く揺らした。
けれどこの小さな場所には、二人だけの静けさがあった。
「……綺麗だな」
彼が呟くと、隣で一瞬だけ言葉を探したように見えて、ニコが答える。
「……想定以上です」
その声は相変わらず機械的で、感情の抑揚は乏しかった。
けれど彼には、その短い間の沈黙と、ほんのわずかな瞬きが、ニコの中に芽生えつつある何かを示しているように思えた。
花火が次々と夜空を埋め尽くしていく。
光と音の洪水の中で、彼はふとつぶやいた。
「……また、一緒に見れるかな」
答えはなかった。
ただ、夜風に揺れる光の下で、ニコは静かに彼の隣に立ち続けていた。
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