不死鳥-PX01
燈の遠音(あかりのとおね)
TANJOU (birth)
無機質な研究室に、白い光が差し込んでいた。
蛍光灯の白は冷たく、壁も床も器具もすべてが整然と並んでいる。
音といえば、換気装置の低い唸り声と、規則正しく点滅するランプのリズムだけだった。
ここには彼ひとりしかいない。
かつて共に研究を始めた仲間も、いつしか別の道へと去っていった。
病弱な体を抱え、残されたのは静かなこの部屋と、未完成の夢だけだった。
ベッドのような台の上で、人型の機械が静かに横たわっている。
鋼鉄の外殻はまだどこか未完成で、関節部には試作品特有の仮設カバーが残っていた。
だが、それは間違いなく長い年月をかけ、自らの命を削るようにして作り上げた研究の結晶だった。
彼は小さく息を吸い、胸を押さえながら、起動スイッチに指を伸ばした。
かすかな駆動音。無機質な瞳に光が灯る。
「……起動を確認しました」
冷たく、淡々とした声が実験室に響いた。
彼は端末を操作しながら、ひとつずつ試験の手順を進める。
「視覚センサーのテスト。右を見て、次に左を」
「了解しました」
無機質な瞳が、ゆっくりと左右に動く。
「腕部サーボの確認。右手を挙げて」
「了解しました」
ぎこちなくも正確に、右腕が持ち上がる。
彼は小さく頷き、続けた。
「発声テスト。……自己紹介を」
短い沈黙の後、澄んだ声が応える。
「こんにちは。私は、介護ロボット**型試作機です。心を込めてあなたのお世話をします」
冷たく整った声だった。けれど“心を込めて”という言葉だけが、不思議と壁に反響して長く残るように感じられた。
――自分のように病弱な人間でも、老後をひとりで怯えずに生きられるように。
そのために作ったのが、この試作機だった。
孤独の果てに辿り着いたのは、ひとりの伴侶の代わりでもあったのだ。
彼はしばしその顔を見つめ、そして小さく笑みを浮かべた。
「フェニックス、か……いや、違うな。今日から君は――“ニコ”だ」
「了解しました。私は“ニコ”です」
機械仕掛けの瞳が、わずかに瞬きをした。
返答は変わらず淡々としている。
だが、その声の奥にほんのかすかな揺れがあったように、彼には思えた。
「……君は不死身なんだな。いいなぁ、僕も不死身なら……」
その呟きは、白い壁に吸い込まれていった。
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