第8話 酒を片手にろくでもなし

___師範目線


最近、やたらと視界に変なガキが入る。

いや、正確には――お貴族様のご令嬢、らしい。

最初に見たときの印象はそれだけだった。

年齢に見合わない落ち着きと、余計な感情を外に出さない顔。

騎士団の敷地に立っていても、はしゃぎもしなければ、怖気づきもしない。

「場違い」という言葉が浮かびそうで、だが不思議としっくりこない。

そんな子供だった。

最初に話しかけられた時のことは、今でもはっきり覚えている。

突然現れて俺に剣術を教えて欲しいとか言って来たときは

――え、何言ってるのこの子。

それが、正直な感想だった。

だがそれを口に出すほど、俺は馬鹿じゃない。

酒で舌は緩んでいても、立場というものは理解している。

飲み込んだ言葉は、喉の奥で引っかかるだけで済ませた。

事の発端は、あの日だ。

「明日、お嬢様が見学に来るそうだ」

騎士団長が、訓練前の報告の流れでさらっと言った。

それだけで、周囲の空気が一気に変わった。

「お嬢様!!」

「俺初めて会う!!」

「俺もだ!!」

__元気だな、お前ら。

内心でそう思いながら、俺は木剣を肩に担いだまま、ぼんやりと天を仰いでいた。

貴族のご令嬢が見学に来る。

それだけで、正直面倒くさい。

言葉遣い、立ち振る舞い、態度。

どれか一つ間違えただけで問題になる。

騎士団の連中はそういうところ、無駄に熱心だ。

俺はと言えば、

敬語が増えるのも、変に気を遣うのも、全部面倒だった。

暴れたりしないだろうか。

剣を触りたいと言い出さないだろうか。

騎士団の訓練に口を出してこないだろうか。

そんなことを考えながら、周りが浮き立つのを横目に、

俺はできるだけ目立たない位置を確保しようとしていた。

結果から言えば――

お嬢様は、驚くほど大人しかった。

騎士団の動きを黙って見て、

質問もしなければ、口出しもしない。

付き添いの侍女からは、常に鋭い気配を感じていたが、

お嬢様本人は、ただそこに立っているだけだった。

これなら、俺に視線が来ることもない。

そう思って、完全に油断した。

だから――

酒を飲んでいた。

気づいた時には、

視界の端に、さっきまでいなかったはずの影がある。

「俺に何か御用ですか」

声をかけた瞬間、

なぜか隣の侍女から、刺すような気配が飛んできた。

__、、怖い。

何もしてないだろ、俺。

「はい」

短い返事。

それだけで、逃げ道が塞がれた気がした。

――なんでこの子、目の前にいるんだ。

そう思いながらも、表情には出さない。

出したら負けだ。

「お呼びして頂いたら、すぐさま参上しましたのに」

侍女の圧が静かに落ちる。

__呼ばれても行きたくはないが。

「そうですか」

返事はそれだけ。

無駄なやり取りをする気はないのはお互いだ。

「一つ、頼みがあるのですが」

来た。

嫌な予感しかしない。

「酔っ払いに、何でしょう」

「私に剣術を教えてください」

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

「俺にですか」

確認するように聞き返す。

「はい」

迷いのない返事。

__、、本気か。

「お嬢様、失礼ですが俺みたいな酔っ払いに学ぶことなんてありませんよ」

本音だ。

俺はサボる。

楽をする。

正面からぶつかる戦い方はしない。

そんな剣術を学んでもろくでもないだろう。

「えぇ、ろくでもないことだらけでしょうね」

即答された。

否定すらしないのか。

「どうせなら団長なんてどうですか?お嬢様の為なら禁術的な技まで教えますよ」

へらっと笑って言った。

本気で逃げる気だった。

他の連中なら色んな強さを教えてくれるだろう。

『お嬢様の為なら!!』精神で。

俺はそんな鉄壁の精神は持ち合わせていない。嫌なことは避けまくりたい泥んこ精神。

「貴方のろくでもない剣術を、教えてほしいです」

逃げ道を塞がれた。

なんとか、躱して断ろうと口を開くが

「教えなさい」

命令だった。

選択肢は、もうなかった。

「お嬢様の望みなら、喜んで」

そう答えるしかない。


___


こうして始まった指導だが、

正直、すぐに終わると思っていた。

俺の剣は地味だ。

派手さも、分かりやすい強さもない。

多くの者が求めるのは、

「力」と「根性」。

真正面から叩き潰す戦い。

俺が求めているのは、真逆だ。

どれだけ楽をして勝つか。

どれだけ疲れずに生き残るか。

手のひらに馴染まない木刀を、お嬢様は黙って握っていた。

重たいだろう。

腕も痛むだろう。

「それ持ちやすい?」

「持ちやすさはないです」

即答。

__、、正直だ。

「、、じゃあ、素振り50回やって剣に慣れてください」

少なすぎると思うだろう。

だが、最初はそれでいい。

嫌になる前に、終わらせる。

「はい」

返事は変わらない。

「訓練開始」

騎士団長の声で、周囲が動き出す。

俺も元の訓練に戻る。

素振りをする小さな背中が、視界の端に残った。

休憩中、団長が声をかけてきた。

「お嬢様の剣術はどうだ?」

「素人ですね」

正直に言う。

「ハッハッハ、だろうな」

笑い飛ばされる。

「お嬢様が何を考えているのかはわからないが、大丈夫だな」

「何がですか」

「お嬢様の人を見る目は、間違えていない」

__、、どうだか。

「お前は誰よりも努力家だからな」

__貴方の訓練のもとでサボってますけど。

「サボっていようが、自分らしいやり方で最後はやっているだろう」

そのまま団長は、お嬢様の方へ向かった。

意味が分からない。

なぜ、俺なんだ。

『私、最低限動きたくないんです』

その言葉は暴れてでもその力を使いたい騎士団には不適切な言葉だった。

だが、、

俺には、ひどく納得できる。

俺も必要最低限は動きたくないし、サボりたい。この訓練だって、力を入れてはやっていない。

それでもここに居ることが出来るのは、俺が他の奴らよりも頭が回るからだ。それも、騎士団長の寛大さだな。

策士として生きれば、どんな騎士よりも長く強く自分らしく生きることができる。

頭が硬い連中だろうが、馬鹿な奴らだろうが頼れる存在だ。

ふらつく足取りで近づく。

「お嬢様」

「はい」

「どうでしたか」

騎士の動き、速さ、その一つ一つを一度に理解をするのは無理な話だが、知っていてほしい。そう思い見学をさせたのだが、

「流石、私が選んだ師範だと思いました」

__、は?

「、、しはん?」

「はい、これからはそう呼びますので」

先生でも、師匠でもない。

"師範"

「よろしくお願いします、師範」

「は、はい」

気の抜けた返事しかできなかった。

「この後どうしますか?」

「今日は終了です、、」

「ありがとうございました」

軽やかに去っていく背中を見送りながら、

俺は酒坏を傾ける。

__師範、か。

お嬢様に剣術を教えるのだからそうなるんだろうが、、

考えたこともなかった立場。

お嬢様だから、と見ていた。

これは貴族としての接客、として行っていた。真面目な訓練内容ではない。

『お前はサボるだけで終わらせないだろう』

結局、その通りだ。

俺は、俺のやり方で教える。

最低限で、効率よく。

だからといって、『お嬢様』精神は持ち合わせていない。

ろくでもない師範として、生きてみようではないか。

そう思いながら、酒を飲んだ。

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悪役令嬢は気ままに生きたい 春紗 @harusa_404

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